クリエイターの視点から見るデザイン思考の捉え方と戦略への結びつけ <vol.1>
2021年3月19日に開催されたCREATORs meetupのテーマは、デザイン思考の捉え方と戦略への結びつけ。
登壇者はデザイナーとしての経歴を持ちながら、デザイン顧問やCEO、デザイン組織の立ち上げなど多様な形で活躍されているお三方です。
「そもそもデザイン思考とは何なのか」という問いからはじまり、デザイナーが具体的にどのように戦略にコミットすべきなのか、徹底議論していただきました。
目次
ビジネスにおけるそれぞれのデザイン思考
デザイン思考とは「言語化」あるいは「分解と再構築」
フリーランス/デザイン顧問 井上 大器 氏(以下、井上):まずはテーマの文言を分解していくことが大事だと思うので、「デザイン思考」とはそもそも何なのかについて話していきます。
井上:「デザインは捉えどころがなく難しい」という勘違いが世の中に蔓延していますが、お二方にとって「デザイン思考」とは一言で言うとどのようなものなのでしょうか?
株式会社mate CEO 関口 太一 氏(以下、関口):僕が大事にしているのは「言語化」です。デザインはビジュアルや絵にすることが多いのですが、デザイン思考はデザインを作るプロセスにリンクしたものです。その中で一番重要なのが言語化だと考えています。
関口:言語化が苦手な人は多いですし、美大で教えてもらえるわけではありません。しかしさまざまなデザイン思考を取り入れることで、言語化がしやすくなると思います。
井上:世の中的にもプロセスが圧倒的に重視されているのは僕も肌感覚としてあります。「デザイナーはアウトプットが全てを語ってくれる」というのは幻想なんじゃないかなと。
関口:神格化されている感じがありますよね。
井上:楠さんは企業に所属していますが、デザイン思考をどのように捉えて日々業務をされているのでしょうか。
株式会社DeNA Games Tokyo 取締役 楠 薫太郎 氏(以下、楠):関口さんと似ていると思います。一言にすると「分解と再構築」ですね。これも結局プロセスの話で、言語化の手前の部分にあたります。言語化するために事業やプロダクト、サービスなどのいろいろな状況を分解し、再構築していくプロセスが、デザイン思考の肝なのだと考えています。
楠:デザインは確かに神格化されやすい職能なのですが、やはりアウトプットまでのプロセスにおいて、分解と再構築をどれだけ精度高くやれるのかが大事です。
井上:デザイン思考に関してはさまざまな本が出版されていますが、本式と言われているのはIDEOが定義したデザイン思考です。IDEOでは例えば一枚の写真から因子や要素を抜き出し、隠されている課題を抽出して解決する訓練を行うそうですが、これも分解と再構築であり、デザイン思考の原点に近い話ですね。デザイン思考に対する考え方はどのようなプレイングをしてきてもほぼ近いものになるのだと思います。
ステークホルダーを納得させ、デザインの付加価値を示す方法
井上:ビジネスをデザインに落とし込み、デザインの評価やKPIを決めようと思うと、「定性的だから信用できない」「主観的である」と言われがちです。しかし、デザイナーである以上はデザイン思考を活かして、クライアントを説得したり事業のKPIに対してミートさせたりしなければならない瞬間があります。
関口さんはほとんどがクライアントワークで楠さんは自社ワークだと思いますが、それぞれどのように対処しているのでしょうか。
関口:クライアントを説得するという意味では、グラフィックの草案や要件定義からやってあげるのが重要だなと思っています。僕は大体ワークショップ形式で先方を巻き込んだり、ワークフローの叩き台を作りそれを基に議論してもらうなど、火付け役として一緒に動きます。
デザイン思考というと壮大に聞こえますが、現場の課題に対する最適解は、どうしても数字やユーザーの意見で判断することになります。それでも取捨選択ができないことは間々あるので、自分から情報を提示したり、ビジュアルにして説得することも多いですね。
逆に言うと「ビジュアル的にこれがかっこいいから」という説得はしませんし、僕自身ができないと思います。
井上:僕もクライアントワークが多い立場ですが、多くの場合は「なんとなくこうしたい」というふわっとした要件からスタートします。それをいかに因数分解して重要な要素を抜き出し、人が使うインターフェースに落とし込んでいくのかというプロセス部分を開示しないと、納得してもらえませんね。そのプロセスをどう表現するのかという話が、先ほどの言語化につながるのかもしれません。楠さんはいかがでしょうか?
楠:ステークホルダーの決定から始まるかなと思います。例えば僕が関わっているゲーム事業において、ゲームのプレイヤーをステークホルダーとするなら、ゲームのクオリティや面白さがイコールでデザイン評価になります。ビジュアルがかっこいいとか動きのクオリティが高いというだけでは、デザインとして評価できません。デザインはプロダクトやサービスの付加価値なので、プロダクトが評価されているという前提があってこそデザインの評価になるという点を大事にしています。
ただ、話はもう少し複雑なんですよね。パッケージ化されたコンシューマーゲームで考えるとわかりやすいのですが、デザインはタイムラインや状況によって評価軸が変わるんです。例えばかっこいいパッケージによって売上の初速が良ければそれはそれで評価できるポイントになりますし、ゲームの中身自体の面白さを作れていれば、そこにはまた別のデザインの付加価値が生まれます。
プレイヤーのようにステークホルダーが世の中に不特定多数存在しているようなケースでは、評価軸は複雑になるわけです。難しいですが、深みがあって面白い部分でもありますね。
定性リサーチと定量リサーチの優位性は目的によって変わる
井上:質問が1件来ているので取り上げようと思います。「自社プロダクトのグロースハックをしていくときに、マーケとのコラボは必須ですよね。その中で定性的なUXリサーチと定量的なマーケットリサーチは、どのように歩み寄るのでしょうか。工夫があればぜひ聞いてみたいです」ということですが、楠さんいかがでしょうか?
楠:目的によりますね。どちらかのKPIが常に優位性を持っているわけではないので、「何のためにその施策をするのか」に立ち返るのが大事です。
中長期で見たときの抽象的な目的と、足元で達成したい目的を冷静に整理した上で、どのKPIを重視して施策を打つのか。こういった思考プロセスが重要なのだと思います。
井上:極論を言うと、定性データと定量データは表裏一体です。定性データの裏付けを定量データで、定量データの裏付けを定性データで行うべきなんですよね。
どちらが正しいのかというよりも、目的によってどちらかが優先されるケースもあるという前提で、お互いに歩み寄って理解をするのが大切な気がします。このあたり関口さんはいかがですか?
関口:僕はコンセプトメイクや事業戦略が固まっていない状態で新規事業の依頼をされて、一緒に考えながらサービス設計をするケースが多いです。その場合デザインをする立場として重要なのが、ビジネスと開発のコミュニケーションの橋渡しをすることです。
例えばコンテンツに人を呼び込むためにインフルエンサーを活用するというマーケティング戦略があったとしますよね。このときサービス自体が呼び込んだ人の求めるものではなかったら、体験設計ができていないということになります。だったら、インフルエンサーを使うよりもリアルイベントの施策を打ったほうがいい。このように、最初の取っ掛かりになる提案をしています。数字を追う部分に関しては僕よりも向いている方が絶対にいるので、そこはバトンパスをしながら一緒に考えるというスタンスです。
「UX」という便利な言葉に振り回されないための当事者意識
井上:僕はあまりUXという言葉は使わないようにしているので、今回は「体験設計」という言葉を使いたいのですが、プロダクトをグロースさせるときの体験設計と、0-1で作ったプロダクトの体験設計は全く違うなと感じています。
大半のデザイナーはグロースさせるための体験設計から触れるケースが多いと思うのですが、そこでどんなプロセスを踏むべきなのか、不安を抱くものだと思います。そのため、ついユーザーではなく「UX」という言葉を見てしまう瞬間がある気がするのですが、お二人はそんなときどのような形で方向修正するのでしょうか。
関口:自分ごとにしてもらうのが重要かなと思っています。UXやUIというのは使いやすい便利な言葉ですが、だからこそ「体験は大事」とか「インターフェースはかっこいいほうがいい」といった言葉に引っ張られがちです。しかし僕自身は、「実際自分はどう思うのか」という視点で、当事者になってもらうことを重視しています。当事者になりすぎると主観的になってしまうので切り分けは必要ですが、自分もカスタマージャーニーの中にいる人間であるという立場で考えてもらう場面は多いです。
議論やワークショップが白熱するとどんどん自分の都合の良い方向に考えてしまいがちなので、「一旦冷静になろう」と横やりを入れる感じですね。
井上:参考になります。楠さんはいかがですか?
楠:「一旦落ち着こう」は僕もよく言いますね(笑)。
井上:みんなコミュニケーションが優しいですね。
楠:グロースしているときは事業も上手くいっているので、自信が付いているんですよね。良いことにばかり目が向いてしまう。しかし、その中にも必ず壁はありますから、例えばユーザーのネガティブな意見にあえて目を向けさせるといったコミュニケーションを心がけます。
井上:スタートアップ企業の代表なんかはプロダクト愛が強いので、デザインに対する知識と実際のコミュニケーションにギャップが生まれてしまいます。そのあたりをどうするのかも我々の課題ですね。
質疑応答
UIの定量評価で見るべきは「アクション」に対して「変動した数値」
質問者:システム開発の受託プロジェクトにおいて、UIデザイナーとしてどのようなKPIで評価を受けたり目標を立てたりすれば良いのでしょうか。アドバイスしてほしいです。
井上:これも目的次第じゃないですか?
楠:何を作っているのか、短期・中期の目標によって変わるだろうというのが所感ですね。
井上:僕もUIの定量評価をどうすればいいのかとよく聞かれます。マーケティングにはCVRや滞在時間、PV/UUなどいろいろな指標があるので、どの数字がどのようなUIアクションによって動いたのかを見ていくと説明しやすいかなと思っています。
ブランドイメージが良くなりメディア露出が増えた結果DL数やPVが増えることはあっても、デザインをかっこよくしたから数字が上がるというケースはほとんどありません。だから、どちらかというとアクションが重要なんです。例えばボタンを緑から赤にしてCVRが上がったとすれば、「ボタンを赤にしたから数字が上がった」のではなく、「ボタンを赤にしたことで視認性が上がり、クリックされやすくなったことでCVRが上がった」はずですよね。「視認性が上がった」という中間部分を評価するのが大切なのだと感じます。
楠:こういうことを考えるプロセスにおいてはどうしても自分が「UIデザインを担当している」という部分の優先度が高くなり、「プロダクトの中のUIデザインを作っている」という意識が薄れがちです。この質問自体も、自分のUIデザイナーとしての仕事がきちんとプロダクトに寄与しているのか気になるという気持ちの裏返しなのだろうなと思いました。
ロジカルシンキングとインスピレーションは表裏一体
質問者:言語化や分解、再構築が大事とのことですが、デザインプロセスにおいてロジカルシンキングとインスピレーションはどのようなバランスで考えているのでしょうか。
関口:インスピレーションは非常に抽象的ですが、サービスやプロダクト開発においてコンセプトの軸になったりします。一方ロジカルな思考というのは、数字などをはじめとした、理由付けとして妥当性がある内容のことです。
僕はこれらを時間で割り切ってしまいますね。スピードを求められているものに対してはロジカルに考え、インスピレーションはコアな部分にだけ持ってくるなど強弱をつけます。バランス的にはロジカルとインスピレーションが7:3くらいでしょうか。
インスピレーションの割合が多ければ多いほど時間がかかってしまうので、伝家の宝刀として抽象的なワードを入れることで納得度を上げています。
井上:定性データと定量データと同じで、ロジカルシンキングもとインスピレーションも表裏一体なのかもしれません。インスピレーションを言語化してロジカルに設計するという作業自体が、そもそもデザインなのではないかなと思いました。
優秀なデザイナーは優秀なビジネスマンの素養を兼ね備えている
質問者:経営に携わるデザイナーをどう育てるのかお聞きしたいです。
井上:楠さんは現在経営参与しているデザイナーという立場ですが、この部分はどうお考えでしょうか?
楠:僕自身を振り返ると、一度デザイナーやクリエイターという肩書きを捨てたんですよね。これまでのポジションは関係なく、事業や組織に対して何をすべきなのかに真っ直ぐ向き合うことに徹しました。
ただ、その過程でデザイン思考は非常に役に立ちましたし、逆に言えばデザイナーの能力があれば十分経営に参画できるとわかったのは貴重な体験だったなと思っています。デザイナーとして仕事をしている人たちはこれまでお話ししてきたように言語化や分解、再構築をするわけですが、これらは非常に抽象的な能力なんですよね。だからこそどんな場面でも通用するんです。「優秀なデザイナーは優秀なビジネスマンになり得る」という考えは、確信に近いです。実際、デザイナーが経営に参画するケースは少ないのかもしれませんが、デザイナーを辞めて経営に参画している人は結構いるのではと思います。
また、僕の場合は一度デザイナーを辞めたことで、周囲も「デザイナーを経営に引き上げた」という感じがありませんでした。世間一般的にデザイナーは経営に興味が無いというイメージを持たれているので、一度肩書きを捨ててみるのもアリなんじゃないかと思います。
井上:大胆ですが、それが近道なのかもしれませんね。僕もデザイナーはビジネス職であるべきだと考えていますが、勝負を決めるのは「ビジネスへの理解」というよりも「デザイン以外の理解をどれだけ蓄積できるか」です。特に若いうちに「デザイナーだからデザインをやりたい」という部分で止まってしまうとそのまま動けなくなってしまうと思うので、若い人ほどデザイン以外の部分への興味を糧にできるといいのかなと思いました。
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