CTOの知見を集積!世界最高水準の技術力国家を目指す日本CTO協会の活動とは?
2019年9月に発足した、一般社団法人日本CTO協会。掲げているミッションは、「日本を世界最高水準の技術力国家にするため、日本の企業経営に先端テクノロジーを」というものです。
テクノロジーを駆使し会社の成長戦略も担うCTOという役職は、CEOやCFOといったCxOの中でもまだまだ歴史が浅く、ノウハウや理論が確立されていません。そんな現状に対して、日本CTO協会は各社のCTOの知見を集約。全国の企業、公益法人、さらには国にも提供しようとしています。
今回はそんな日本CTO協会発足のきっかけや活動内容、展望などについて理事を務める松岡さん、広木さん、小賀さんの3名にお話を伺いました。
目次
480名以上のCTOコミュニティに成長したCTO会を基盤に協会を発足
―― 現在日本CTO協会の理事を務めるみなさんの出会いから、CTO協会発足に至るまでを簡単にぜひ教えてください。
広木 大地 氏(以下、広木): 松岡さんと出会ったのは12年ほど前ですよね。僕が新卒でミクシィに入社し、松岡さんは先輩でした。最初はあまり交流はなかったのですが、僕がCTO直下の部隊であるたんぽぽチームに異動してきたときに仕事をご一緒するようになりました。セキュリティやアーキテクチャ・火消しなどの技術的やプロジェクト的に難度の高い仕事をするようなチームでした。その後は会社自体の経営ターンアラウンドに取り組んでいき、二人三脚で様々な仕事をしていきました。
やがて自分たちが培ってきた技術的なノウハウを世の中に広めていきたいという思いが生まれて、一緒に株式会社レクターという技術戦略アドバイザリーの会社を立ち上げたんです。
小賀 昌法 氏(以下、小賀): 僕は現在、株式会社VOYAGE GROUPのCTOなのですが、就任した2010年当時はCTOの経験が無かったため、いろいろと悩みを抱えていました。社内にもCTO経験者は不在だったので、社外の知見のある人の意見を求めてみようと、知人の紹介で出会ったのが松岡さんです。
松岡さんに、最初はセキュリティの相談をさせてもらいました。その後、松岡さんもCTOに就任したことをきかっけに「CTOの悩みをみんなで相談しよう」ということでCTOを呼んだ飲み会を開催したんです。
松岡 剛志 氏(以下、松岡): そこでお互い大きな学びを得られたので、月に1、2回ほどの頻度で一緒に勉強会のようなものを運営してきました。その勉強会が、のちの一般社団法人日本CTO協会に繋がる、CTO会と呼ばれるコミュニティです。
小賀: 広木さんと私が出会ったのはレクターの立ち上げ時でしたね。このメンバーは面白いぞと感じて僕も創業に関わり、日本CTO協会でも理事を務めることになりました。CTO会は2013年頃からずっと継続していました。やがて100人、200人とコミュニティの規模が大きくなっていったので、これはもう社団法人にして、社会的にもインパクトのある団体にしようということで日本CTO協会を発足したんです。
―― 一般社団法人日本CTO協会は現在、どのくらいのCTOが会員になっていますか?
小賀: 現在個人会員は483名、法人会員が41社にまでなっています。(2020年6月17日時点)
―― かなり多くのCTOの方が会員になられているんですね。次の章から、どのような取り組みをされているのか具体的にお伺いさせていただきます。
「2つのDX」を両輪で推進することがデジタル時代においては最重要
―― 日本CTO協会は「2つのDX」を掲げているそうですが、どのようなものですか?
広木: 企業のデジタル化を意味する「Digital Transformation」と、開発者体験を意味する「Developer Experience」を指します。
(出典)日本CTO協会
広木: 特にDeveloper Experienceについては耳馴染みが無いかと思いますが、企業のデジタル化を推進するなら開発者体験も高めていくことが重要なんです。これは単純に開発者の給与を高くすればいいとか福利厚生などを充実させればいいということではなく、開発者が生産性を発揮しやすいような工夫をしたり設備を揃えるなど、技術環境への投資をすべきだということです。例えばソフトウェアテストやCI/CD環境の整備なども該当します。
現在多くの日本企業が「システムのことはわからないから」という理由でエンジニアに任せきりになったり、逆に過干渉になったりして、Developer Experienceが良くない環境になってしまっているのは実は大きな問題です。ソフトウェアは中身が見えにくいものですが、投資を怠ると同じようなプロダクトでもクオリティーや使い勝手がかなり変わってしまうからです。ときにはそれがビジネスの成否を左右しかねません。だからこそ、企業のデジタル化とともに開発者体験の向上を両輪で回すべきだとしているのです。
オンライン・オフラインの両方を駆使し4つの軸で活動を展開
――「2つのDX」の啓蒙も含めた、日本CTO協会が行っている活動を教えていただけますか?
広木: 大きく4つあります。
1.DX Criteria(DX基準)の策定と普及 2.DXに関わる調査・レポート 3.政策提言 4.イベント・コミュニティ運営
1については文字通り、曖昧になりがちなDX推進について基準を定義するということです。明確な基準と市場との比較をもとに、自社組織のDX推進度診断が可能になります。
実際の調査項目やチェックリストはオープンソースとしてGitHub上に公開していて、各社が自己診断に利用するほか、DX Criteriaを活用したDX推進度診断サービスを提供する企業も登場しています。経産省やIPA、直近では経団連の方にもDX Criteriaを参考にしていただいていて、さまざまな施策が実施されています。
2の調査・レポートについては、議論を深めるきっかけとしてDXにおける他社事例や海外動向などを集約しています。 レポートは大きく分けると4種類で、DX Criteriaの診断結果に関する統計レポート、DXに関わるレポート、グローバルレポート、特集や時事レポートです。
3の政策提言は、日本CTO協会が掲げているDXの考え方やソフトウェアエンジニアのための環境整備の必要性を政財界に対して発信する活動です。
4のイベント・コミュニティ運営については、例えばオフライン・オンラインでカンファレンスや勉強会を開催したり、Slack上のグループで会員同士が情報交換や相談をできるよう場作りをしています。
―― ありがとうございます。活動についてもう少し詳しくお伺いしたいのですが、2にあった海外動向についてはどのように発信しているのでしょうか?
松岡: 自分たちで翻訳して発信しています。少し前にもコロナ後の中国DXの動きなどの翻訳レポートを公開し、多くの方に読んでいただきました。
現在の日本は決して技術先進国とは言えないので、アメリカや中国をはじめ海外の先進事例を学ぶことは重要です。大企業はまだしも、中小企業、ベンチャー企業が最新情報を全て追いかけるのは大変ですから、そのサポートができたらと思っています。
※オンライン取材で答えていただく松岡さん
――Slack上のグループでは例えばどんなやりとりをするのでしょうか?
小賀: つい最近で言うと、「開発組織にとって適切な人数比率はどれくらいなのか」という相談が出ました。例えばサーバーサイドエンジニアやモバイルエンジニア、インフラエンジニア、テストエンジニア、デザイナーなどさまざまな役割を持つメンバーが、どれくらいの割合で在籍していればチームが成立するのかということですね。複数のCTO経験者が、自分たちはどうしているのかといった観点で回答していましたよ。
―― 480名近くのCTOの方へご自身の開発の相談がSlackですぐ出来るというのはかなりのメリットですね。
現在はオフラインイベントの開催が難しい状況ですが、過去の実績や今後実施したいコンテンツ内容についても教えてください。
小賀: 日本CTO協会が発足したのが2019年9月で、同年の12月に200人規模のオフラインイベントを開催して大盛況でした。3月にも予定していましたが、コロナの影響で中止となって現在に至ります。収束後は、春と秋の年2回ペースで更に大規模なオフラインイベントを開催したいですね。
2回のうち1回はUI/UXやデータドリブンなどマネジメント以外の専門性が高い方を招き、自社だけでは得られない知見が得られるような内容を考えています。いわゆるトップダウン的なイベントですね。
もう1回は少し方向性を変えて、より多くの人とコミュニケーションを取り、ボトムアップで学べるようなイベントにしたいです。
※オンライン取材で答えていただく小賀さん
日本CTO協会のノウハウが企業や個人に与えるメリットとは
―― 組織運営に悩みを抱えているCTOにとって、日本CTO協会の存在はどのような魅力があると理事の方々はお考えですか?
小賀: CTOに求められるスキルや役割は企業のフェーズによって異なります。
例えば日本CTO協会の理事には楽天元CTO安武さんがいますが、彼は楽天のスタートアップ期から会社規模が2万人に拡大するフェーズまでを経験されています。そういう人たちが自分の経験と照らし合わせてCTOのフェーズごとの悩みに答えてくれるというのは、日本CTO協会の魅力の一つだと思います。
広木: 小賀さんの言う通り、例えばスタートアップ期には、プロダクトのプロトタイプを素早く作る力が必要な反面、組織やプロジェクトのマネジメントスキルはさほど求められないかもしれません。ところが、プロダクトが成長してチームも大きくなればチームマネジメントをする必要が出てきます。さらに規模が大きくなればマネジメントに加えて事業を複数展開する、研究開発をする、開発拠点を増やす、セキュリティ、戦略策定に取り組むといった多くの課題が出てきます。そこで求められるスキルや経験がどんどん変わってくるということですね。
特にベンチャー企業の場合は一足飛びに企業規模が拡大するケースがあるので、CTOに必要なスキルセットも目まぐるしく変わります。一方で、その状況変化をケアしてくれる人がいたり情報交換の場があるケースはなかなか無いんです。 CEOなどであれば、投資家経由でメンターを付けるなど周囲からのサポートを得やすい環境を作れることも多々あると思いますが、CTOという役割自体、歴史も浅く、経験者が多くないため、「自分たちだけで何とかしていくしかない」ということになります。実際、僕たちの世代はそういう経験をしたCTOが多いです。
しかし、環境変化に対してスキルやナレッジを学ぶことができる場があれば、歴代のCTOが失敗してきたのと同じ轍を踏まずに済むはずです。僕自身も、失敗も含めた知識の共有ができるコミュニティが必要だとずっと感じていました。そのコミュニティこそが、日本CTO協会の持つ機能の一つなのです。
―― まだCTOという役職を設けていない企業も多いかと思います。日本CTO協会に法人会員として参加する場合、CTOは不在でも構わないのでしょうか?
広木: もちろんです。今後自分たちでデジタルビジネスを提供したい、あるいはソフトウェアを活用して新しい事業を展開したいといった思いをお持ちであれば、現在はCTOという役職を設けていない企業様でも法人会員になれます。伝統的な企業がDXを推進しようと思ったら、CTO不在の状態でスタートすると思いますしね。
ゼロからソフトウェアエンジニアを集めて教育しようと思うと戸惑うことや壁にぶつかることが多々あるはずです。そんなときに生まれる課題は、これまでベンチャー企業でソフトウェアを自社開発し、事業展開してきたCTOにとっては解決したことがある内容かもしれません。ぜひ、IT業界以外の企業にも日本CTO協会のことを知っていただきたいです。
※オンライン取材で答えていただく広木さん
日本が「デジタルを活用した企業経営」を牽引するモデル国となるために
―― 今後の日本CTO協会の展望について教えてください。
広木: 僕たちはDXを単なるデジタル化ではなく、「超高速な事業仮説検証能力を持つこと」だと定義しています。目まぐるしく変化するニーズを捉え、新事業への挑戦を繰り返せるようにするには、デジタル技術の活用が当たり前で不可欠な時代になっているので、それがデジタル化とつなげて語られているのだと思います。
こうした時代の変化に対応するためには、今まで通りのシステムが今まで通りに動くのを見守るのではなく、システムを高速で更新し続けていく必要があります。現在、Amazonでは1時間に1000、2000という単位で新しいソフトウェアがデプロイされているといわれています。このようなスピード感で、事業とシステムが一体となりながら、仮説検証を回していくことが競争力の源泉になっていきます。
新しい時代における経営のありかたで、技術が日本企業の力になっていってほしいという思いが、日本CTO協会の掲げている「日本の企業経営に先端テクノロジーを」というミッションが意味するところでもあります。
「デジタル経営といえば日本だよね」と言われるレベルになってほしいですし、各国が日本をモデルにするような状況になればハッピーです。大きな目標に向けて、微力ですがいろいろと取り組んでいきたいですね。
小賀: 日本CTO協会に登録いただいている個人会員には、ベンチャー企業で奮闘している方やベンチャー企業を大きくして組織のトップを担っている方たちがいます。 ベンチャー企業は常に試行錯誤を繰り返さなければ生き抜けない状況の中で戦っていますから、変化に対応するノウハウがあります。日本CTO協会に蓄積されているそういった知見を、いろいろな企業に届けられたらうれしいです。
松岡: 日本CTO協会の発足当時、「10年後には我々のコミュニティからIT担当大臣を出したい」と言ってしまったんですよね(笑)。すでに1年経過してあと9年しかありませんから、頑張っていきたいです。
例えば今僕は経産省の「Society5.0時代のデジタル・ガバナンス検討会」に参加していて、デジタルガバナンス・コードを策定しようとしています。コーポレート・ガバナンスと同様に、DX推進度などを株式市場に公開し、短期的には利益が低下していてもデータの収集度に応じて株価を維持できる、あるいは高く評価されるようにするといったことを目的としています。参加者の中でプログラムを書いているのは我々一部の人間だけですが、エンジニアやスタートアップ目線の意見が組み込まれるようになっているのは大きな進歩ですね。