CTOが語る!アフターコロナにおけるアジャイル開発組織とは?進化する組織開発

2020年5月27日にオンライン配信されたCTOmeetup。今回のテーマは「アフターコロナにおけるアジャイル開発組織」です。

コロナ禍の中、エンジニアたちはどのようにリモートワークに対応し生産性を維持してきたのか。

そして政府の緊急事態宣言が解除された今、各社のCTOはこれから先の開発組織をどのような方向性に導こうとしているのか。

コロナ以前からの状況も含め、時系列順にたっぷりディスカッションしていただきました。現段階でスクラムを導入すべきかどうかなど、気になる質問にも答えていただいています。

本記事ではイベントの全容をレポートしているので、アフターコロナの組織運営のヒントをぜひ見つけてください。

<ご登壇者> 株式会社スペースマーケット 執行役員CTO 齋藤 哲さん 株式会社SmartHR CTO 芹澤 雅人さん Sansan株式会社 執行役員CTO 藤倉 成太さん <モデレータ> LINE株式会社 Effective Team and Delivery室 室長 横道 稔さん

ビフォアコロナでの、個人やチームの働き方と開発組織について

コロナ以前の組織運営で重要視されていたリアルな「対面コミュニケーション」

横道 稔 さん(以下、横道):前半はコロナ以前のことから話していきたいと思います。

みなさんはCTOという役職で組織的な部分も見ていると思いますが、各社はどのような組織哲学や価値観、こだわりを持って運営されてきたのか、組織の紹介も踏まえて教えていただけますでしょうか。

今回のテーマでもあるアジャイルに対するスタンスも交えていただければと思います。齋藤さんからお願いします。

齋藤 哲 さん(以下、齋藤):当社は「自ら考えてより速いスピードでインパクトのあることをやり遂げる」という価値観を掲げています。アジャイルの視点で言えば、仮説検証を繰り返してプロダクトをどんどん良くしていくことに力を入れている形ですね。

もともとアジャイルを特別意識していたわけではないのですが、結果としてアジャイル的な開発スタイルになっているのかなと思います。

組織構造はマトリクス型で、開発の際には職種別の組織とはまた別にエンジニア、デザイナー、マーケター、プロダクトマネージャーなどのさまざまな職種が集まったチームを作っており、彼らが自律的に開発を進められることを目標にしています。コロナ以前からそんな形ですね。

横道:ありがとうございます。続いて芹澤さんお願いします。

芹澤 雅人 さん(以下、芹澤):当社はSmartHRという会社なのですが、同名のプロダクトがリリースされて5年ほど経過しています。プロダクトが完成したタイミングから組織は急拡大を続けており、この4年間でメンバーが250人以上増えています。働き方は常に変わっており、日々模索を続けています。

そんな当社が一つ全社的に大切にしているのが、面と向かってコミュニケーションすることです。基本的に全員出社して、同じ場所で働きながら面と向かって話し合い、いろいろなプロジェクトを進めていました。急速に人が増え、プロダクトや売上状況なども変化する中でフレキシブルな対応をするには、常に話し合うべきだと考えていたからです。

開発チームはアジャイルに取り組んでおり、スクラム的な働き方をしてきています。今もそれは続いている状況です。

横道:面と向かってコミュニケーションすることを重視されてきたというのは、この後のディスカッションの布石になりそうですね。ありがとうございます。次は藤倉さんお願いします。

藤倉 成太 さん(以下、藤倉):大前提として、当社は会社のミッションに向かって全員一丸となって走っていこうという哲学が非常に強い会社です。開発においてもそういった思想を最大限実現するための体制を目指していますし、各プロダクトも会社のミッションを実現するためにそれぞれの場所で頑張っています。組織を横断する開発本部というような組織は存在せず、いわゆる事業部制の形で、各職種が事業部にアサインされているという状態です。例えば法人向けのクラウド名刺管理サービスのSansanというプロダクトなら、Sansan事業部のプロダクト開発部にエンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャーなどが所属しています。

エンジニアは全社で200~250名ほど在籍しています。開発手法はアジャイル なスタイルですが、教科書通りのスクラムではなく、我々が取り入れるべきプラクティスを採用している感じですね。

また、Webサービス開発はチーム戦だと思っていますし、チーム一丸となって同じ目標に向かって全速力で走れるような雰囲気を作りたいので、フレックス制ではなく全員が同じ時間に出社することを大前提として組織を運営してきました。

当社は東京、大阪などの支店のほか、エンジニアの開発拠点として京都や徳島にサテライトオフィスを有しているので、ZoomやSlackなどのツールを用いた複数拠点とのリモート連携はしていました。それでも、基本的にはみんなが同じ空間で同じ時間に同じ空気を吸いながら働くことを大切にしているチームです。

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緊急事態宣言を受けた直後の各社の対応とコミュニケーションの補い方

横道:ここから時計の針を進めていきましょう。

新型コロナによって組織の働き方や在り方に変化があったと思いますが、コロナが広まりはじめた当初、どのような取り組みを行ったのか教えていただけますでしょうか。次は藤倉さんからお願いします。

藤倉:2月中頃から日本全国でコロナの危険性が囁かれ始めたと思うのですが、当社としては政府の決定を尊重する方針でした。3月より在宅勤務の推奨、原則在宅勤務を実行してきましたが、4月に発表された緊急事態宣言を受け、全社員を出社禁止としました。在宅で勤務を行うこととし、業務はオンラインで行っていました。

横道:リモートワーク以外にも変えたことはありますか?

藤倉:基本的には変えていません。毎朝同じ場所に出社することは残念ながらできなくなりましたが、同じ時間に朝会をして、チームの進捗や困りごとなどを共有しています。定時になったら夕会をするチームもあります。勤務時間中はSlackを使ったテキストコミュニケーションが中心ですが、Zoomなども使っています。気軽に「さっきの話もう一回いい?」と声を掛けられるようにしているチームも多かったですね。

横道:工夫をしながらオンラインにこれまでのスタイルを持ってきた感じですね。芹澤さんはいかがですか?

芹澤:当社も基本的には藤倉さんと同じような感じです。政府の緊急事態宣言を受け、全社員250名近くがフルリモート体制になり、オフィスには基本的に出社しないことになりました。

ただ、コロナ以前から東京オリンピック開催中に出社できるのかという懸念は存在していたんです。交通機関の混雑に備えて在宅で働く練習をしようという動きがあり、週に1回はリモートワークをしていました。4月からは、それが全員毎日強制になった感じです。

藤倉さんの話と異なるのは出勤時間ですね。当社も以前は10時15分から16時までのコアタイム中に出社する決まりだったのですが、現在は撤廃しています。基本的に深夜はNGですが出勤時間を自由にして、好きな時間に働いてもらうようにしました。家庭の事情によっては時間を決めて仕事を始めるのが難しいということもありますから、そのあたりを柔軟に変えていこうという試みです。お子さんがいて8時間勤務が難しい場合は、個別に相談を受けて調整もしました。

もともとは対面でのコミュニケーションを重視していたので、コロナ以前は全社員をシャッフルして一緒にランチを食べるとか、月に1回は飲み会をするという企画もあったのですが、これは中止しました。でも、途中から「これってオンラインでできるんじゃない?」という話になって。Zoomのブレイクアウトルームという機能や、Remoというバーチャル空間に6人テーブルを作って会話できるツールを使ったりもしました。ビフォアコロナで行っていたイベントを、リモートで再現する取り組みですね。

横道:ありがとうございます。齋藤さんはいかがですか?

齋藤:お二方と同じです。特に芹澤さんとはオリンピックの予行練習も含めて同じ流れだったのでびっくりしました(笑)。2月中旬からほとんどリモートで、緊急事態宣言に合わせて全社員フルリモートという形になりましたね。それ以前からも週に1回は無申請のリモート日を設けていたので、リモートワークのためのツールや環境は揃っているような状態でした。

メンバーもリモートワークには慣れていたのですが、やはりフルリモートとなると変化がありましたね。コミュニケーションをもっと取りたいという意見があったので、全社的なイベントを増やしたり、例えば社員同士でゲームをするなど、有志のメンバーによるクラブ活動のようなことも行っています。

ツール面で言うとコミュニケーション改善を目的にZoomを導入してみました。「ちょっとZoomしませんか」とチャットで話しかけるくらいがエンジニア的には程よい距離感を保てて良いみたいですね。他のツールも試してみましたが距離感が近すぎて疲弊してしまうこともあり、こちらに落ち着いています。

リモートワークをスムーズにするためのツール選定と現在のデファクト

横道:Remoなどツールの話が出ましたが、今回フルリモートになったからこそいろいろと試したサービスがあるかと思います。以前から入れておいてよかった、あるいは今回のタイミングで初めて活躍したツールなどがあれば教えてください。

齋藤:もともとコミュニケーションツールやOAツール、事務系のツールは全てSaaSを採用していました。Slackはもちろん、ドキュメントの共有などはConfluence、開発を進める上でのタスク管理はJiraやTrelloを使っています。リモートでも社内と遜色なく作業を進められると言う点において、便利さは実感していますね。「ちょい聞き」がしにくいという話を受けてTandemを試したりもしましたが、性能的なつらさもあり今後に期待というのが率直な感想です(笑)。

横道:いろいろ試す機会にはなりましたよね。芹澤さんはいかがですか?

芹澤:当社はSaaSを提供している会社ですから、SaaSを上手く使っていこうという信念があります。あらゆる業務に対してSaaSを使っていたので、フルリモートになったからといって使えなくなってしまったものはありませんでした。このあたりはSaaSを使っていて良かった点です。

フルリモートという状況になって新しく使い始めたのは、先程齋藤さんがおっしゃっていたMiroのようなオンラインコラボレーションツールです。これまでオンサイトでホワイトボードを使っていたシーンをオンラインに置き換えなければいけないのでいろいろと試していますが、うちの組織の場合はMiroが定着しました。スクラムイベントも基本的に全員がMiroをつないで行っています。DiscordやTandemも使ってはいるのですが、デファクトスタンダードにはなっていません。

飲み会系はRemoであったり、一部部署ではSpatial Chatというものを使ってみました。まだまだテスト的なプロダクトなのですが、Web上で人間同士の位置関係をリアルに再現していて、近くの人の声は近く、遠くの人の声は遠く聞こえるというものです。これはすごく面白かったですね。 ちなみに、リモートで一番物を言うのはマシンパワーです。MacBook ProとAirではZoomの快適具合が違います。MiroとZoomを同時に使っているとかなりマシンパワーも使ってしまいますし、非常に重要だと思いました(笑)。

横道:確かにそうですね(笑)。弊社でもMiroを一部部署でトライアルしていますが、恐らくかなりGPUを使っているようなので、Zoomを同時に使っているとどんどんバッテリーが減っていきます。

世の中的にはMiroとMuralがかなり検討されている印象があり、僕の観測範囲ではコロナ禍のタイミングで導入している企業は多い印象です。 藤倉さんはどんなツールを使っていますか?

藤倉:業務系のツールについてはみなさんと変わりませんね。当社は開発メンバー全員が同じ場所で働くという考えですが、もちろん大きな問題があれば自宅からリモート作業しなければいけないこともあります。そういう事情もあって、基本的に利用するツールはWebベースです。この点はみなさんと近い方針だと思います。

インフラや開発環境の話をすると、うちの法人向けのプロダクトはサーバサイドがC#なんですよ。プリコンパイル型の開発言語なので、ビルドにはマシンパワーが必要です。そこで開発メンバーには開発用のマシンを貸与しています。普段作業するときはThinkPadやMacなどからリモートデスクトップで入るようにしていたので、自宅からでも開発機に接続は可能です。ただVPNを経由しなければいけないので、そこはややストレスがありますね。週に1回自宅で作業するならまだしも、毎日だと重たいという感想も出ていました。

飲み会の話で言えば、やはりRemoはいいですよね。音声や画像の安定感はZoomに比べると少し劣りますが、素晴らしいアイディアだと思います。あとはバーチャルオフィスツールもいくつか試していて、Remottyというサービスを使ってみました。バーチャル空間が存在していて、そこに自分が着席しているという体験になっています。隣の人を「トントン」するノック機能がついていて、それを利用すると二人のチャットがタイムラインに流れます。同じルームにいる人はそれを見ることも入ることもできる。リアルな働き方をストレートにオンラインに落とし込んだものですね。アイディアは面白いと思ったのですが、残念ながらあまり使わなくなってしまいました。

これは僕の仮説ですが、バーチャル空間にリアルの世界をそのまま持ち込むことにあまり正当性は無いのかもしれません。バーチャルにはバーチャルならではの写像のようなものが必要なのかもしれないと思いました。

横道:バーチャルオフィスに限らず、オフラインのモデルをそのままデジタルに持ち込むと意外に失敗しやすいですね。オンラインならではの発想をしっかり持っておかないと、うまく機能しないことはかなりあると思います。

※オンラインイベントを閲覧している皆様から多数の質問が寄せられました。

前半質疑応答

リモートでは雑談や声掛けが起きないからこそ工夫が必要

質問者:リモートになって役割分担が難しくなった気がしています。ちょっと手伝うといったことができなくなりました。いい方法はありますか?

横道:藤倉さんは常時接続を試しているということでしたが、いかがでしょうか?

藤倉:例えば東京と大阪は拠点を跨いでプロジェクトを行うので、東京の開発チームのオフィスには大きなディスプレイが設置してあり、大阪オフィスの様子を常時映しています。誰が出社していて誰が休んでいるのかといったことは、画面を通じてわかります。 今は、こういった取り組みを個人に落とす感じで常時接続を試しています。ただ、Webカメラで真正面から映されるのはやはり嫌なものです。横顔や肩を映すくらいにしておいて、声を掛けられたら体をカメラに向ける形にしています。

横道:常時接続がストレスになる人もいるという話もきくので、そうならないように工夫しているということですね。芹澤さんはいかがでしょうか?

芹澤:役割分担はコロナ前後であまり変わっていないのですが、確かに「ちょっと手伝うよ」といったコミュニケーションが難しいという声は特にリモートに移行した序盤にありました。それを各々が工夫して解消していったという感じですね。例えばSlackでコマンドを打ち込むとZoomの部屋を作れるようにするなど、Zoomにつなげるハードルをお互い意識して下げていました。チームによってはこれまで実施していた朝会に加えて夕会をやったり、メンバーがオンラインで集まって雑談する時間を設けたりしています。コーヒータイムを導入するチームも多かったです。

横道:雑談や声掛けが偶発的に起きることはほとんど無いので、ある程度意識的に時間を取るように工夫しているというのは、自社でも他社でもよく聞きますね。

アジャイルで言うと、デイリースタンドアップのように1日1回はチームの人と話すことが習慣になっているチームは、そこでかならず一度はしっかり同期がとれるのであまり苦労が無いイメージです。

リモートでの開発でボトルネックを作らないための環境構築のポイント

質問者:リモート環境を整える上で、特に注意したほうが良いことはありますか?インフラの注意点などを教えてください。

藤倉:先ほど言ったことに少し関係しますが、VPNを張らなければいけないといった制約は極力局所化したほうがいいと思います。当社は個人の開発環境でVPNを使うこともあるので、レイテンシがボトルネックになってしまいます。それに、ほかのツールを使おうとしたらいちいちネットワークを切り替えなければなりません。ちょっとした手間ですがストレスになります。社内のシステムであっても、VPNではなくインターネット経由で使えるようにしておくことが重要だと思います。

芹澤:VPNがネックになるケースは社内外で聞きますね。当社も一部分だけVPNを使っていたのですが、本当にVPNである必要があるのかを見直しました。

ハード面で言えばやはりPCのスペックなども重要です。当社は一人あたり25000円の「リモートワーク環境を整える手当」を支給しました。机やマイクなどを自由に購入してくださいと伝えたのですが、ヘッドセットを買う人が多かったですね。僕も一日中ミーティングをしていますが、ビデオチャットの快適さはQOLに直結してきます。そういうところは地味に大事だと思いますよ。

横道:そこをケチると意外と全体の生産性がそのコスト以上に下がるということもありますよね。環境音を拾わず綺麗な音声で話すだけで聞く方もストレスが無くなったりしますし。

齋藤:当社の場合モバイルWi-Fiなどを使っているメンバーが結構多かったので、通信環境の支援をしています。通信制限でビデオチャットが使えないなど、コミュニケーションが分断されないように気をつけたほうがいいのかなと思います。

横道:夕方になるとすごくスローモーションになる人が現れたりしますよね(笑)。

アフターコロナで求められる、個人やチーム働き方と開発組織について

スクラムによって「変化に強いチーム」を構築できていたメリットは大きい

横道:ではここからいよいよ本題に入ります。さまざまな変化を経たことで起きた良い影響や悪い影響、あるいは今の段階では決めあぐねている部分などについてお話しいただけますでしょうか。芹澤さんいかがですか?

芹澤:当社の場合、やはりオンサイトでのコミュニケーションを重視していた部分を今後どう変えていくのかが一番の焦点になると思います。 今は本当に人数が急激に増えていて、毎月15人程度入社してきます。そうなると、顔を合わせずに企業としてのカルチャーをどうキープしていくのかが課題になるんです。今までは対面でのコミュニケーションにカルチャーの形成を頼りきっていたのが一つの反省なので、アフターコロナにおいてはリモートとオンサイトを折衷して、どう担保してくのかが求められると思います。

横道:なるほど。逆に変化に対処できたことによる良い変化などはありますか?

芹澤:コロナの影響で業務が止まるようなことはありませんでした。そこはスクラムをするなど普段からフレキシビリティを意識していた賜物かなと思います。

横道:スクラムでなかったとしても、チームで働く、あるいはチームで決めたフレームワークに則って働くといった取り組みをしていた企業は今回の変化に対してすごく強かったのではないかと感じます。それこそアジャイルはアダプタビリティが非常に大事だという考えが前提にありますしね。アダプタビリティを重視した働き方をしてきた企業は、コロナ禍の状況においてもチームとしての本質的な強さは変わっていないのではと思いました。

芹澤:スクラムをやっていて良かったのは、リモートになった前後で生産がどう変わったのかを経営サイドに数値で説明できたことです。1スプリント1週間で回していてベロシティも毎週計測しているのですが、そこに対してビフォア・アフターコロナで変化はありませんでした。むしろ上がったくらいです。

横道:オフライン時と変わらずしっかりデリバリーできるものが出ているということですね。藤倉さんは良い変化・悪い変化についていかがでしょうか。

藤倉:良い変化は芹澤さんがおっしゃっていたことと全く同じで、組織運営的な言葉で言えばまさに生産性の継続だったと思います。ただ、フルリモートが始まってまだ2ヶ月足らずなので、これが継続できるかどうかは要注視ですね。

悪い影響は今のところ出てきていませんが、未知の分野として存在するのが帰属意識の変化ですね。我々のようなベンチャービジネスを行っている会社はどこもそうだと思いますが、カルチャーが非常に重要です。

先日社内のメンバーとリモートで1on1をしたんです。そのとき、相手は会社のTシャツを着ていました。普段は絶対に着なさそうな人だったのにです。話を聞くと、「自宅で仕事をしているとSansanの一員だと忘れそうになるから、最近よく着るようにしている」と言っていました。自らそういうアクションを取れるのは素晴らしいのですが、これが2ヶ月、3ヶ月と経過したらみんながどうなっていくのかは未知だなと思いました。

横道:Sansanの一員だと忘れそうになったと気づいたこと自体が、もともと文化をしっかり醸成できていた証拠なのだろうと思います。でなければ特に何も考えず、自宅で仕事できて楽だとか辛いといったことしか感じないでしょうから。齋藤さんはいかがですか?

齋藤:生産性は大きくは落ちていませんでした。ただ個人に焦点を当ててみると、やはりお子様がずっと家にいる家庭では生産性が下がってしまったというケースがあります。良い悪いという話ではありませんし、今後コロナが収束するにつれて解消される部分だとは思いますが、そういう事実があることは認識しています。

あとは、職種を越えてやりとりをする場合に細かいニュアンスが伝わらず、コミュニケーションが分断されてしまうことがありましたね。この点は課題で、良い方法を考えなければいけません。

今後はメンバーの会社に対する帰属意識やエンゲージメントに注視すべき

横道:帰属意識やメンバー同士の関係性はやはり重要になりますね。そのあたりの「ちょっとまずいかも」という予兆はどう察知できるのでしょうか?藤倉さんは何か見え始めていることはありますか?

藤倉:現状、明確に悪影響が出そうな予兆はありませんが、最悪のケースとして起こり得るのは退職リスクですよね。予兆ではなく事後の数値ですが、退職がどれくらい発生するのかはしっかり数字を取り、定性・定量の両面に向き合わなければならないと思っています。

横道:みなさんが従業員エンゲージメントに関して手を打ち始めていることはありますか?

齋藤:コロナ以前からですが、定量的に計測している部分はあります。あとは定期的に1on1を実施していますね。1対1のコミュニケーションで測るという行為を、サボらずに継続するのが大事なのではないでしょうか。組織の規模によっても変わってくると思いますが、当社くらいの規模感であれば重点的にやるべきだと思っています。

横道:芹澤さんはいかがですか?

芹澤:エンゲージメントは気にしていますが、退職者が出るかどうかは未知ですね。予兆としてリアルに認識できるのは、平たく言えば愚痴がどれくらい出てくるかじゃないかと思っています。人間は距離が遠くなるほど愚痴を言いやすくなるものですから、接点が減った結果として「あの部署のあの人ちょっと…」という話が出始めたら怖いです。100%リモートの影響かどうかはわかりませんけどね。 当社も原則として2週間に1回は1on1を行っているので、人と人との距離感が遠くなっていないかといったところはウォッチしようとしています。

横道:ある程度チームになっていればデイリーをするなどスクラムイベントを通して顔合わせする機会は生まれますが、その辺をフラッと歩いていて会話したり、チームを跨いでコミュニケーションすることはやりづらくなってしまいます。その点において、どのくらい人同士が疎遠になっているのかを注視するのは一つ主要なポイントになりそうですね。愚痴についても、ストレスが募ったり帰属意識が低下することで「こんなに愚痴を言う人じゃなかったのに…」ということは起きそうです。

芹澤:オンラインだとネガティブフィードバックがしにくい部分もありそうですね。会って話すなら平気でもオンラインだと言いづらいことはあるので、心理的ハードルが上がるかもしれません。

横道:対面ならリアルな表情を伺いながら言葉をアジャストできるけど、よく見えなかったりカメラオフされていたりしたらなかなか難しいですね。

芹澤:ネガティブフィードバックしているとき回線が遅くなったら嫌だなとかありますよね。

横道:めちゃくちゃ変なところで途切れて落ちたみたいな(笑)。

芹澤:心が折れそうです(笑)。

「コロナ以前に元通り」はあり得ない。企業が模索すべき新しい組織の在り方とは

横道:では、みなさんの今後の展望についてもお伺いしていきたいと思います。リモートワーク一つ取っても、このまま拡大するのか、それとも元に戻るのかといった視点があります。ほかにも組織の価値基準やポリシー、構造を変えるべきかどうかという話もありますね。齋藤さんからお願いします。

齋藤:フルリモートは一旦やめて、頻度としては週に数日だけ出社する形を試みようとしています。やはり出社してコミュニケーションを取りたいという方が一定数いるからです。

また、新入社員にはまだオンライン上でしかやり取りしていない方が何名かいます。彼らが当社のカルチャーに共感されていたとしても、現状それを感じにくい状況なのでそういったところはケアしていきたいです。

芹澤:今は絶賛話し合い中なのであまり決まっていませんが、「完全に以前の通りに戻す」という選択肢はないかと思います。段階的に出社するのかどうかを調整していく形になるとしても、完全に元通りになることは無いだろうと話しています。新しい価値観を受け入れて、社員の安全に配慮しながら少しずつ順応していくところですね。

藤倉:緊急事態宣言の解除前と後で、勤務におけるステージは「オフィスへの出勤も可能」という形に変えました。僕も今日は気分を変えたかったのでオフィスから参加しています。ほとんど人がいないのでガラガラですけどね(笑)。

同じ時間に出勤するというルールは継続したいと思っているのですが、定時である9時半に出勤しようと思ったら、満員電車に乗らなければいけません。それは時勢柄避けたい。でもオフィスには行きたい。こうなったときに、例えば9時半から始まるデイリースクラムはオンライン参加を許可して、10時から10時半までの間に移動してオフィスに来てもらうようにするといったことを考えています。いろいろな選択肢を組み合わせて、これまでに無かったオプションを選べるようにしたいですね。なので、当社としても以前と全く同じ状態に戻ることは無いと思います。

もう一点、会社組織を運営する視点でお話しさせていただきます。今後リモートワークが当たり前に選択できる企業が増えることを前提としてエンジニアの採用市場での自社の見られ方を意識すると、以前の働き方に戻すことはできないと思います。そういう意味でも、新しい制度設計は早急に行わなければいけないと思います。

横道:確かに、採用市場からもすごく見られると思いますね。以前ツイッターで「これから就職する人は『御社はコロナのときどういう対応をしましたか』という質問をすれば全てがわかる」という趣旨のツイートを見かけました。確かに会社がどれだけ従業員や文化について考えていて、機敏に対応できているかがわかるので、これは面白い問いになるかもしれません。

後半質疑応答

不確実性が強い今こそアジャイル的な考え方をチームに導入するのがおすすめ

質問者:リモートが中心となったこの状態で、スクラムを組織に導入するのは無謀ですか?むしろこの状態になったからこそスクラムを導入したほうが良いですか?

芹澤:スクラムにこだわるかどうかは別として、アジリティのある開発というか、アジャイル的な考え方はあったほうがいいと思います。アジャイルの本質は「不確実性とどう向き合っていくか」なのですが、不確実性に対して強いフレームワークを導入しておくのはアドバンテージになると思いますし、細かな計測と改善に取り組みやすいのも強みです。

実際、スクラムを導入すると振り返りが頻繁に行われるんです。この一週間自分たちはどう行動してきたのか、より改善すべきことは無いのかといったことを、フレームワークによって強制的に考えます。そういう意味では現在の状況下での導入は全然有りですし、リモートだからといって障壁もあまり無いと思います。今の世の中にはいろいろなツールがありますから、大部分はオンラインで代替できるでしょう。スクラムにはアナログなツールを使ったほうがいいとよく言われるのですが、ベストなスクラムでなくともエッセンスを組み込むことはできるのではないでしょうか。

横道:僕も本職がアジャイルコーチなので少しコメントさせてもらいます。芹澤さんがおっしゃったように、アジャイル的な価値観やアダプタビリティ、不確実性への対処などに関しては改めて重要性が浮き彫りになったと感じています。スクラムを採用するかどうかはともかく、まずは振り返りから始めてみるとか、アジャイルな見積もりをはじめてみる、とかでもいいかもしれません。

これはリモートかどうかに限りませんが、できればアジャイルの経験がある人を外部などから入れて、成功確率を上げられるようにトライしてみることをおすすめします。変化に強いチームほどコロナをものともしなかった印象がありますから、ぜひ今から少しずつでも適用してほしいです。

評価制度に変化は無いが、エンジニアが受ける評価は変化する可能性がある

質問者:コロナ後の評価制度や人事制度周りの変化はありましたか?

芹澤:まだ2ヶ月でスパンが来ていないので変わりませんね。条件通知書は紙からPDFに変わりました(笑)。

藤倉:当社もフレームワークとしては変わっていませんね。5月が期末なので、まさにこれから人事考課がスタートします。仮に変化があるとすれば、評価の考え方や制度の在り方ではなく、エンジニアが受け取る評価のほうかもしれません。

当社にとって社内への影響力というものは、エンジニアの評価の重要な軸です。リーダーシップと言い換えることもできます。周囲の人たちをポジティブに巻き込んで、プロジェクトをしっかりと前に進めることができるエンジニアは評価されるべき人材です。

ただ、リアルなオフィスとバーチャル空間での影響力というものは、多かれ少なかれその人の性格やキャラクターにそれぞれ依存する部分があると思うんですよね。コロナ以前は現場でナチュラルにリーダーシップを発揮できていた人物が、リモート環境においては意識的に努力しないと力を発揮できず、プレゼンスが落ちているというフィードバックを受けるかもしれないということです。

横道:僕もコロナ禍によって個人ごとにアダプタビリティの違いは出たと感じています。齋藤さんはいかがですか?

齋藤:お二方と同じように評価方法自体は変わらないと思っていますし、今のパーソナリティの話もその通りだと思いましたね。コミュニケーションが削れてしまった分、そこを強みにしていた方のアウトプットは変わりそうです。そういった方はきちんとケアして、今後はどこを強みにしていくのかをマネジメントサイドが支援する必要があるのかなと思います。

横道:オンライン上のコミュニケーションというのは、その人が持っている本質的なコミュニケーション能力に加えて、テクニックが必要だったりもしますよね。文字だけで見たときにどう伝わるのかを想像して表現を調整したり、絵文字をうまく活用したり。彼らがもともと持っている強みをどう違う手段においても発揮してもらうのか、マネジメントからの支援も大切ですね。

丁寧すぎるほど丁寧なドキュメントがオンボーディングに寄与してくれる

横道:少しオンボーディング周りの質問も出ていたので、この流れで答えていきたいと思います。

質問者:今回、新人がたくさん入る時期と重なりましたが、新人のオンボーディング(特に新卒)で、何か課題に感じたこと、意識されたことはありますか?

芹澤:一例を挙げると、オンボーディング資料のドキュメントはかなり整備しました。今までは環境構築について軽く記載してあり、あとはWikiをかき集めて読んでくださいといったレベルの雑なオンボーディングだったのですが、今回、上から下まで読めばそれだけで開発ができるような丁寧なドキュメントを作ってくれたメンバーがいたんです。「ここまで丁寧に作る必要はあるのか?」と最初は思ったのですが、実際に入社してドキュメントを利用した人から話を聞くと、かなり助かったそうです。正確な効果測定はできませんが、心理的なハードルが大きく下がったのではと思います。

藤倉:僕が部署を見ていたときは、中途入社の方向けに手順書を用意していました。環境構築など入社時にやることを記載したものです。それを参照して環境を整えた中途メンバーに対して「次に入ってくるメンバーが自分より1秒でも早く立ち上がるようにこのドキュメントを改善してください」とお願いするんです。これをリレー形式で続けると、よりオンボーディングがしやすい環境を模索できます。入社したてのフレッシュなメンバーなら、既存メンバーでは気づけない部分にも気づいてくれますしね。

20年4月1日入社の新卒メンバーについては、僕も今日オフィスに来て会いました。「初めて会社に来ました」というメンバーも多かったですし、彼らは不安を抱いているはずです。現場では例年よりも手厚い迎え入れをしていると思いますよ。

齋藤:当社は中途採用のみですが、既存の社員と新入社員とではやはり社内でのコミュニケーションの取りやすさが全く違うということがヒアリングを通してわかってきました。そこで入社して何週間かは一定時間常時接続したり、一週間のうち特定の日は質問時間を設けるなど、コミュニケーションを手厚くしています。

横道:やはり意図的にコミュニケーションを作らなければいけないというのは共通していますね。ありがとうございます。

リモートで新規立ち上げを達成するために必要な考え方と取るべき手法

 

質問者:新規立ち上げなどもリモートでやれると思いますか?

齋藤:単純にZoomだとブレストなどがやりにくいかなとは正直思いますね。

横道:オンラインミーティングでは、オフラインよりも進行役が必要になるケースが多いので、そういうことが上手くできるメンバーが一人いるかいないかで議論の質に影響しそうです。

芹澤:チーム自体も新規で立ち上げるとなると、無理ではないにしても難易度は上がりそうですね。僕はSmartHRが3名しかいないフェーズも経験しているのですが、0-1のフェーズにおいてはメンバーの人となりを知りつくすことがかなり重要です。当時は毎日のように飲み会を行っていましたし、そうやってお互いを知ることが普段の仕事でもかなり助けになりました。

ただ、これは僕にリモートでのチーム立ち上げの経験が無いから不安だというだけで、理論上はできるし実際に実行している人はたくさんいると思います。

横道:工夫しなければいけないのは間違いなさそうですね。チームビルドをするにしてもツールを駆使しながら少人数でのディスカッションをしたり、ワークショップのようなものをやったりする必要があると思います。

芹澤:個人的には相当な努力が必要だと思います。僕たちのチームは今、新入社員が入ってきたときのオンボーディングにかなり慎重になっています。大人数のチームに新しいメンバーがリモート環境下で入ってくるというのはどういうことなのかを考えて、まずはコミュニケーション頻度を高めようとお茶会やコーヒータイムを作っています。それでもオンサイトに比べると、解像度が全く違うんです。

横道:藤倉さんは新規立ち上げについていかがですか?

藤倉:当社には新規事業開発室という部署があります。コロナ禍の状況において、立ち上げに近いサービスからリリース間際、あるいはプレスリリース発表を実施したプロジェクトもありました。

先程のスクラム導入にせよ新規立ち上げにせよ、会社の観点からすると「やらなければいけないこと」であるなら、「やれるかやれないか」ではなく「どうやるか」の議論でしかないんですよね。リモートを中心とした新しい働き方が来月や再来月から完全に元に戻るということは、みなさんのご意見を聞いていても恐らくありません。だとすれば、新しい試みに際してどれくらいリスクを取るのか、すなわち今の課題は何なのかを測りながらチャレンジをしていくしかないのではと思います。

横道:社会的に見ればコロナ禍の状況下でもいろいろな企画を実現されている方がいらっしゃいます。どうやったら今達成できるのかを話せる組織だとすごくいいですよね。

まとめ

横道:では、最後にみなさんから一言ずつお願いします。

齋藤:本日みなさんとお話しさせていただいて、根本的な課題をどう解決していくのかという部分は組織の規模が違っても共通するのだと思いましたし、ためになりました。

最後に当社の事業を説明させていただきたいのですが、当社はレンタルオフィスのマッチングやサテライトオフィスの展開を支援するソリューションをご用意しております。こういう時期にオフィスを狭くしたり手放す組織もいらっしゃると思うので、ぜひお声がけいただければうれしいです。本日はどうもありがとうございました。

芹澤:本日はありがとうございました。僕もウィズコロナの状況になってから、他社様を交えて組織論的なお話をするのは今日が初めてだったので、聞いていても話していても面白かったです。

ついでに宣伝ですが(笑)、当社はコロナ禍でも全くブレーキをかけず、採用活動も全方位的に進めています。サイトに応募フォームがありますから、ご興味のある方はぜひご応募ください。

藤倉:僕も、自分と同じような立場でベンチャービジネスをやっているみなさんと状況の変化や本質に関わる議論ができたのは良いインプットになりました。また機会があればぜひお呼びください。

宣伝合戦の様相を呈しているので僕も宣伝します(笑)。たまたまこのタイミングで僕が主幹となって立ち上げることになったのがBuilders Boxというプロジェクトです。これは、エンジニアの方々に対して日本のエンジニアリング全体を引き上げるために必要な情報をお届けするものです。当社の宣伝ではなく、純粋に技術的な考え方やトレンド、テックイベントの情報を発信しようとしていますので、ぜひご登録ください。

横道:視聴いただいた方にもなにか得るものがあったと思いますので、ぜひフィードバックをいただけるとうれしいです。本日はありがとうございました!

【ご登壇者】 ●株式会社スペースマーケット 執行役員CTO 齋藤 哲さん 関西学院大学経営戦略研究科修士課程(MBA)修了。システム開発業務に従事した後、NECソリューションイノベータ(株)入社。ASPサービス事業にてソフトウェア開発チームのリーダーとして事業拡大に貢献。2019年(株)スペースマーケット入社。プロダクト開発・エンジニア組織強化を主に担当。2020年3月よりCTOとして全社の技術戦略を担当。 ●株式会社SmartHR CTO 芹澤 雅人さん 新卒で社会人になって以来、Web エンジニアとしてのキャリアを歩む。SmartHR にはサービスリリース直後から参加し、開発業務のほか VPoE としてエンジニアチームのビルディングとマネジメントに従事したのち、CTO に就任。現在はプロダクト開発・運用に関わるチーム全体の最適化やビジネスサイドとの要望調整を行う。 ●Sansan株式会社 執行役員CTO 藤倉 成太さん 株式会社オージス総研でシリコンバレーに赴任し、現地ベンチャー企業との共同開発事業に携わる。帰国後は開発ツールなどの技術開発に従事する傍ら、金沢工業大学大学院工学研究科知的創造システム専攻を修了。2009年にSansan株式会社へ入社。現在はCTOとして、全社の技術戦略を指揮する。 ●LINE株式会社 Effective Team and Delivery室 室長 横道 稔さん 2018年 LINE 入社。チームやデリバリープロセスをより効果的なものにするための Effective Team and Delivery 室という全社組織を立ち上げ、室長兼アジャイルコーチとして従事。アジャイルに関連したトピックでの海外を含めたカンファレンス登壇実績複数あり。一般社団法人プロダクトマネージャーカンファレンス実行委員会の代表理事などイベントオーガナイザーとして複数の企画・開催経験もあり。 
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