IoTにマネジメントパワーを〜IoTプロデューサー・経営コンサルタント神谷雅史氏
「モノのインターネット化」(IoT)が叫ばれて久しい。急速な進歩を続ける人工知能や、各分野への応用が期待されるロボットなど、企業は技術やハードの開発を進めている。しかし、IoTの開発にとって必要不可欠であるのは、ハードだけではなく、ビジネス的観点から各リソースを統合するプロデューサーだ。ビジネスノマドとして、そうした数少ない「IoTプロデューサー」として働きながら様々なプロジェクトをローンチさせ続ける神谷氏に、企業の課題と解決策について伺った。
目次
ITとハードウェアと経営の分野に通じる経歴
Q:まずは事業内容をお聞かせください
神谷 雅史さん(以下、神谷):
複数の事業の柱がありまして、まず大きなものとしては 経営のコンサルティングがあります。大企業だけではなく、中小企業のハンズオンでの経営コンサルティングも行なっております。
2つ目の軸が、IoTの経営コンサルティング。最近、IoTやロボットがたいへん注目されており、その分野のプロジェクトマネジメントで活躍できるのではと、参入を決めました。IoTにかかわる総合戦略、企画から調査、製作に至る要件定義まで行なっております。
3つ目の軸が、IoT製作とプロデュース。IoT製作見積もりサイト「EstiMake」やIoTものづくりデザイン見積もりサイト「EstiMake/Design」を運営しておりまして、IoTの見積りとそれをもとにしたプロデュース・製造・制作をしております。
それ以外では、グローバル調査やアプリや業務システムなどを開発しています。
Q:経営コンサルティングの分野にたどり着くまでの経歴をお伺いしたいのですが、元々コンサルティング業界にずっとおられたんですか?
神谷 :
大学時代、ITや経営マネジメントを研究していました。大学を卒業してから、日本ユニシスの研究所に入り、そこで「観光とIT」というテーマで研究していました。経済産業省の情報大航海プロジェクトに一人で提案書を書き上げ、採択され、観光プロジェクトをスタートさせました。その後鳥取県で、水木プロダクションと鳥取県境港市と一緒にプロジェクトを立ち上げました。鳥取では、当時としては最先端のARとロボットを使った新たなアミューズメントを作り上げました。
Q:鳥取とAR、ロボットは、かけ離れたイメージがありますね。
神谷:
珍しいと思います。記念館の中で妖怪探しをする企画でした。アミューズメントとはいえど、技術は最先端で、非常に反響がありました。 現在になってようやく注目されるようになりましたが、当時は5年以上前。当時ロボットを活用したアミューズメント体験は珍しかったんですね。
また、技術だけではなく、マーケットも肌感覚で分かるようになったんですよ。ロボットのマーケットが大きく広がる事は調査資料などから分かっていましたし、「将来的にこの方面で何かできるのでは」とその時に感じていましたね。
その後、アクセンチュアの戦略部門に移り、マネジメント戦略業務を担当しました。振り返れば、大学でITを学び、日本ユニシスで観光とロボットを体験し、その後またマネジメントに移って、という流れなんですね。いうなれば、文系・理系を行ったり来たりしている感じでした。一通り経験したことで、両分野に通じて幅広くできるんです。
現場で痛感した、マネジメント力不足
Q:両分野を往来することは、キャリアを積む上で意識していた部分だったんですか?
神谷:
いえ、特に意識していませんでした。人生のビジョンとか大それた事を考えたつもりはなく、やっていく中でマーケットが増加し続けていて、面白そうだと思うことに進んだ感じでしたね。でも結局、観光は時代を先取りしすぎたこともあり注目されにくかったですが。
Q:そこから経営コンサルを経られてIoT側へ来られ、起業に至る流れは?
神谷:
経営コンサルティング時代には、通信ハイテク分野を担当していたのですが、ものづくりやプロデュースは一切やっていませんでした。
そのとき、ロボット開発の企業から「役員になってくれ」とヘッドハンティングを受けたんですね。そのタイミングで、そこに役員として入りつつ、同時並行で自分の会社もはじめたんです。私は社長をやりたかったんですね。全部自分でコントロールした方が絶対に会社がうまく回ると信じていました。
というのも、ハード開発のトラブルの話はよく見聞きしましたし、 実際自分がハードウェアの開発現場にいたときも、 多くのトラブルが発生していて火消しに追われたことも何度かあったんですね。 そういうところで、ハードウェアの難しさを感じていました。
そうした環境下で数々のプロジェクトを回してきたところ、これをうまくできたら結構面白いビジネスになるんじゃないか、と感じました。
コンサルティングファーム時代にも、メーカーズムーブメントがおこり、マネジメント的な仕事、経営コンサルティング的な仕事、IoT的な仕事をしたら面白いんじゃないかという感触もあったんですね。
ハード、ソフト、マネジメントの3本柱
Q:ハードウェアとマネジメントのが必要な理由がよくわかりました。具体的に、ハードウェア企業はどういった課題を抱えていますか?
神谷:
一般化するのは難しいですが、まず、IoTやロボットをやりたいという人はとても多いのに、その実現方法やノウハウ、プレイヤーは社内を探しても出てこないという点があります。
社内に技術部隊がいたとしても、日本の会社はセクショナリズムです。隣の部署に欲しい技術がある人がいたとしても、引っ張ってくるのが難しい。「なぜ自分の優秀な部下を隣の部署に出さないといけないのか」となるんですね。こうなると、社内調整をするくらいなら外部に頼もうという流れになってしまいます。
また、判断基準や前例がないため、価格とクオリティーの面でも不透明です。さらに上のレベルの話では、プロジェクト自体をうまく回せるかも分からないため、誰もマネジメントをやりたがらない。こうした課題が沢山あるんです
Q:コンサルティングでは、どういった観点から課題解決されますか?
神谷:
IoT分野のコンサルティングには、3要素がいずれも不可欠です。それは、ハード、ソフト、マネジメント。とくにこの3つがバランスよくできる人間はほとんどいません
たとえば、ハードのエンジニアは優秀な方が多いのですが、コミュニケーションが苦手な場合が多いです。技術者とクライアントが話しても、伝えたいことがうまく伝わらず、それだけでトラブルになることもあります。そこに、間に入ってあげて翻訳してあげる、それだけでもとても有用なんですね。
また、ハードウェアの技術者は、与えられた課題を片付ける技術は確かに高いのですが、自分からビジネス的にこうしたほうが良くなると提案することがほとんどありません。
ハードウェアの開発は、ビジネス的な観点からいえば、作るのも大変だし、量産した後もどういう売り上げになるかを戦略的に考えなければなりません。つまり、総合的な視点を持つ人が、ビジネス全体を見据える必要があるんですね。そこは、技術者だけでは難しい。そこを私たちがサポートしています。
とりあえず開発、をストップさせる
Q:ビジネス上でよくある失敗ケースにはどんなものがありますか? ビジネス上でよくある失敗ケースにはどんなものがありますか?
神谷:
たとえば、社長がせっかちなパターン。とにかく早く作って、早く動くものが見たい、という方ですね。これ、IoT分野では失敗する可能性がかなり高い。
スピード優先の指令がトップからくると、現場の技術者としては上からのプレッシャーで、作らざるをえないんですよね。でも、うまくいかないとわかっていながらつくっても、成功するわけないんですね。
こういった案件だとわかったら、私はそこで一回止めに入ります。何回やったところで、うまくいかないというのはわかってるわけですから。そこで、「じゃんじゃん作る前に、いったん手をとめて戦略を考えませんか」と提案します。
事情により止めないで進める場合もあるものの、そもそもビジネスの原則から考えれば、売り上げがあって、利益が見えて、そうして初めて今いくら投資してもいいかというのが決められるんですね。でも実際に会社へ行くと、その話が一切ないままとりあえず作っている。しかも現場は予算がない。
そりゃ、予算がないのは当たり前です。利益がどうなるかわからないのに、お金をドブに捨てるようなことは経営者ならしませんから、予算は必然的に少なくなるわけです。
こうした場合には、開発よりも先にやるべきことがあります。先にロジックを立てて、経営判断ができる状態にし、予算を取ることです。「将来的にこれこれこういう計算で10億円の利益が出る見込みがあるんだから、今ここで1億円投資するべきだ」という言い方ですね。こうすることで初めて、開発のための環境が整います。
このように、経営と現場とのコミュニケーションミスや、予算や契約まわりのトラブルが頻発するところを正していくのが、私の役割です。何度もトライアンドエラーを繰り返して膨大な費用をかけるより、私を雇ったほうが安くなるという考え方ですね。
これまで、某ベンチャーの売り上げを1年で倍にしたこともありますし、私が外部から入ることでお役に立てることはたくさんあります。
ロボット開発のジレンマとは?
Q:現在、ロボット開発への参入ハードルは下がっていますか?
神谷:
資金力勝負になりつつあります。 そもそも、業界に初めて入ってきた人がいきなりロボットやIoTを作ることは、本当に難しいことなんです。
たとえば最近はクラウドファンディングで資金を募るプロジェクトがけっこうありますが、そのプロジェクトを完遂できずにプロジェクトが終了したため、出資者が返金を求めて訴訟沙汰になった例もいくつもあります。これでは、せっかくの出資者も疑心暗鬼になってしまいます。
ベンチャーに資金が集まらないと、「ハードの世界は資本力がモノを言う」、みたいな状態へ推移してきます。
これは「ロボット開発のジレンマ」みたいなものなんですけど、資本力のない小企業がロボットを作ろうと思ったら、どうしても小ロットでやらざるをえない。生産量が少なければ当然原価率が上がるので、値段も上がってしまうんですが、そうなるとお客様は離れていってしまうんですね。で、利益が出ないから、次の開発もできない。悪循環に陥って、結局つぶれてしまう。
このスパイラルを脱した企業というのは、私が見てきた限りではほとんどありません。大企業がさらにロボットに資金をつぎ込むようになれば、ベンチャーはもう太刀打ちできないですよ。
IoTマネジメント人材の育成が急務
Q:ビジネスノマドジャーナルでは「働き方」というテーマを推しているのですが、普段はどのようにお仕事をされているんですか?
神谷:
他のプロジェクトが回せなくなってしまうので、現場に行ってずっと帰ってこないことは避けています。なるべく会社で仕事をこなすようにはしたいんですけど、今はまだそんなに動き回れる人間が自社には少ないですから、私自身が動きまわっていますね。
そうした課題から、弊社では若手の育成に力を入れています。
現状、IoTマネジメントという分野の仕事ができる人間は本当にいません。だいたいの人がソフトかハード一本に絞った勉強をしてきているうえ、優秀な人ほどその自分が学んだ分野をさらに深く掘り下げたがるんですね。
しかし、私が育てたいのはマネージャーですから、そういった掘り下げは今はやらなくていい、というように指導しています。広く知っていなければできない仕事ですから、スペシャリストよりもジェネラリスト志向ですね。
また、デザイン分野も広げていきたいですね。実際、カッコよさとか、使い勝手とか、デザインひとつで売上高が何百パーセントも違ってくる世界なんですよ。商品本体のみならず、パッケージや取り扱いマニュアルまでデザインにこだわるべきですが、そこで困っている人もかなり多いんですね。そういったサポートもやっていければと思っています。
Q:今後ご自身の目指されている方向などを教えていただけますか?
神谷:
IoTに携わるためのノウハウというのはまだまだ一般に浸透していないと思うので、いろんなベンチャーや中小企業が参入にあたっての悩みを持っているはずです。今はそういった方々を支援するためのビジネスをやっているので、それをしばらくは続けつつ、いつかは自分でも実際に作ってみたいと思っていますね。
業界の調査についても引き続きやっていきたいと考えています。現在、とある国のプロジェクトでアメリカのIoTの調査を行なっています。国内だとIoTを扱おうというベンチャーや中小企業はだいたい数十社といったところなんですが、たとえばアメリカだと600社とも800社とも言われるくらい数があるんですね。そしてそれらの上に一握りの大企業がある。今はまだ勢力争いといった段階ですが、そのうち資本力のあるアップルやグーグルファミリー対それ以外という構図になると踏んでいます。そうなったときに、日本の強みというのは「追随力」になります。世界情勢をリサーチし、そこにキャッチアップしていくことが日本のIoT業界にとっての糧になると思っています。
取材・記事作成/早野 龍輝
撮影/加藤 静
株式会社 CAMI&Co.(キャミーアンドコー) 代表取締役社長。KDDI∞ラボ社外アドバイザー。 慶應義塾大学環境情報学部 (SFC) 卒業後、同大学院修了 (國領二郎研究室)。その後、日本ユニシスで「目玉おやじロボットPJ」立上げをきっかけに、ロボット・IoTに興味を持つ。アクセンチュア経営戦略部門を経て、株式会社CAMI&Co.を設立。