テクノロジーがスポーツを進化させる、アスリートデータの積極活用から生まれたスポーツテック――株式会社ユーフォリア・安達輝雄さん/浦野陽集さん
2015年ラグビーW杯での日本代表の躍進は、記憶に新しいところです。さらに2019年のW杯では、ベスト8にも進出するめざましい活躍を見せました。そのチーム作りに大きく貢献したのが、株式会社ユーフォリアのアスリートマネジメントシステム。ラグビー日本代表とのタッグを契機に、現在では計40競技で利用されるシステム「ONE TAP SPORTS(ワンタップ・スポーツ)」を生み出しました。
今回は、株式会社ユーフォリアのCTO・安達輝雄さんとマーケティングマネージャーの浦野陽集さんを迎え、データドリブンでスポーツを強くし、人々を幸せにする取り組みについてお話しいただきました。インタビューの司会はFLEXYの松川です。
国内スポーツ40競技で活用されるシステム「ONE TAP SPORTS」とは
FLEXY松川:スポーツテックの株式会社ユーフォリアさんに今日は、テクノロジーをどう生かしているのかお伺いしていきたいと思います! では、まずCTOの安達さんから会社の概要についてご説明いただけますか。
安達輝雄さん(以下、安達):弊社はスポーツテックの活用による、アスリートマネジメントシステムの会社です。弊社の主要サービスは、ラグビー日本代表より依頼を受けてシステムを作り、2015年のW杯の南アフリカ戦での活躍がきっかけで拡大していきました。 「アスリートマネジメントシステム」はアスリートのコンディションを日々計測し、それをもとにした練習メニューの決定、あるいは適切な負荷で試合に臨めるのかなどデータに基づくコンディション管理をモニタリングしていくツールです。
FLEXY松川:CTOの安達さんとマーケティングマネージャーの浦野さんは、それぞれどのような役割やミッションをお持ちなのでしょうか。
安達:現在は、「ONE TAP SPORTS」というシステム全般を、設計から実装まで広く手掛けております。
浦野陽集さん(以下、浦野):「ONE TAP SPORTS」を届けて、現場からのニーズを汲んでさらに拡げる役割を担っています。「ONE TAP SPORTS」をご活用いただいている、日本代表やプロチームなどの現場スタッフからの声をエンジニアへフィードバックしプロダクト開発に生かしたり、新たなユーザーを開拓するための方法を考えたりしています。どんな機能を作っていくのか議論を重ね、リストアップされているものに更なる要望を柔軟に取り入れつつ、お客様のニーズにこたえる開発を一緒に行い届けています。 特定のお客様と打ち合わせをしつつ、「ここでやっていることは他のお客様にも影響があるのか」「これを完成させれば他に対してどう汎用できるか」などの、マーケティング視点は欠かせません。単一のお客様だけではなく、他の人も幸せにできるようなメッセージ発信、およびプロダクト開発を心がけています。 お陰様で、現在では沢山の競技で「ONE TAP SPORTS」をご活用いただいています。ラグビーをはじめサッカー、野球、バスケなどでご利用いただいている状況です。現在は計40競技ですが、今後は陸上競技などにも利用促進していきたいと考えています。
安達:そうですね。特定の競技だけに絞り込めば絞り込むほど、他の競技で使ってもらいにくくなってしまう。つねに、幅広い視点で取り組むことは忘れないようにしています。
FLEXY松川:安達さんはいつ頃ユーフォリアに入られたのでしょうか。
安達:2015年からですね。ユーフォリアは2008年の創業なのですが、もともとはコンサルティング事業を行っていました。2011年のラグビーW杯からラグビー関連の仕事を行うようになり、2015年に私がバトンタッチを受けて現在に至ります。
FLEXY松川:スポーツテックに魅力を感じた具体的な動機などはあるのでしょうか。
安達:自分がスポーツ好きで、子供のときから熱心にスポーツをしていたことでしょうか。小学校ではソフトボール、中高はバレーとバスケット、大学ではサッカー……という具合で、社会人になってもテニスやゴルフなどを楽しんでいます。弊社でもっとも力を入れているラグビーの競技経験はありませんが、システムを担当してからはできるかぎり観戦にも行っています。もちろん今では、ラグビーが本当に大好きになりました。浦野をはじめたくさんの社員と観戦にいき、社内にラグビーファンを増やしている最中なんです。
FLEXY松川:浦野さんは、株式会社ユーフォリアにいつ頃入られたのですか?
浦野:2019年の2月になります。今ではスタッフも総勢20名ほどになりましたが、私が入社するまではわずか数名だったようです。私の担当業務は、マーケティングやPRです。 弊社は現在、スタッフの人数も拡大中、新機能リリースも今後積極的に行っていく予定でまさに成長中のフェーズです。 ちなみに、現在14競技の日本代表チームで弊社のシステムを活用していただいています。その中には、東京五輪に出るチームもあります。それら代表チームを含めた40競技350チームに弊社システムをご利用いただいていて、企業としてもサービスとしても着実にステージアップできていると思います。
FLEXY松川:スポーツビジネスにテクノロジーを生かした取り組みにおいて、具体的な成功例などはありますか?
浦野:従来までのスポーツテック業界での事例を踏まえると、エンタメ要素が強いものが中心だったと思うんですね。一方で弊社の場合は「現場で活躍するスタッフを応援するツール」であり、従来のモデルとは異なる要素が多かったと思います。
安達:選手ご本人の体調やコンディションを数値化して、現状をご自身に伝えたり、データを可視化してスタッフに伝えたりすることがONE TAP SPORTSのサービスなのですが、とはいえ人間は本来曖昧な生き物で、人の受け取り方はそれぞれという部分もあるので、「これができたから成功」とはいいにくい部分も多いです。 ただ、弊社システムの強みはコンディションの記録にとどまらず、客観的な定量データとして走った距離を計測したGPSデータなどもかけ合わせ、根拠立てて数値化できている所ですね。これに取り組んでいる他社の事例は、まだあまり聞きません。
浦野:たとえばGPSの数値を取れれば、それを取り込んで複合的な分析もできますから、その点が重宝されていると思います。成功というより「重宝されている」という表現が適切でしょうか。 また、社内にスポーツサイエンティストとデータアナリストがいるのも強みだと思っています。
FLEXY松川:GPSデータや心拍数、血中酸素濃度などのデータを扱う仕事として、御社のエンジニアに必要とされるスキルにはどのようなものがあるとお考えですか?
安達:やはりフルスタックエンジニアがいいですね。ソースコードが大きいので、物事をシンプルにとらえてプログラムに落とし込む力を重視しています。 また、やはりスポーツが好きな人を求めています。一緒に楽しくスポーツの話をすることから仕事も始まる、というイメージで。
浦野:弊社はプログラム作りの巧いエンジニアが多いなと感じます。抽象度の高いデータからどうアルゴリズムを作っていくかなどを解決する能力がみんな高い。エンジニアたちは安達を中心にチームで取り組んでいますが、特にそこがすごいなと。
安達:それと、何か一芸を持っていると良いかもしれません。たとえば「データサイエンティスト」など、プログラミングスキル以外に何か本人の強みがあれば社内でも重宝されるでしょう。
FLEXY松川:ちなみに、先ほど浦野さんが「弊社にスポーツサイエンティストがいる」とお話しされましたが、スポーツサイエンティストとはどのような人ですか。
安達:スポーツを指導する人のなかには「現場の勘」的な感覚で指導する方も多いんですね。そうではなく、データで分析しながら可視化して理論をつくれる人を「スポーツサイエンティスト」と考えています。「スポーツを理論と実践で科学する人」というイメージでしょうか。
浦野:新しいトレーニングのモデル・様式を理論に基づいて作れる人とも言えます。「ONE TAP SPORTS」で日々の活動をデータで見える化して、アスリートの育成を実践的に進めて行っていただけると良いな、と。
FLEXY松川:御社の組織内でのチーム構成はどのようになっているのでしょうか。
安達:現在「ONE TAP SPORTS」の開発は4~5人のチームで手掛けています。
浦野:既存とは別の製品ラインを作ることも検討中なので、そのための人材補強は検討中です。
FLEXY松川:先日は資金調達を実施されたとお聞きしましたが、どのようなアピールを行ったのでしょうか。
浦野:弊社の代表2人(株式会社ユーフォリア代表取締役:橋口氏/宮田氏)が非常にヴィジョナリーで、結果的に多くの投資家の方に応援していただいたという経緯ですね。ちなみに投資いただいているのは、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)のみです。協賛してくれる方はほぼ「自分たちの活動を一緒に応援してくれる人」ばかり。この状況には、自分たちもびっくりしているのですが。
安達:決め手があるとすれば、弊社の実績が伴ってきたというところかもしれません。弊社のシステムを使っているチームが活躍し、結果を出している。たとえば、「プロ野球のクライマックスシリーズに進んだチームがこれだけ弊社システムを活用しています」など、一般の人にも興味を持ってもらえるような。
浦野:実際に、弊社の主戦場がトップアスリートの皆さんや日本代表チームなので、その実績への評価はいただけているのではないかと思います。
FLEXY松川:御社の会社案内を拝見すると、さまざまなビジョンが明記されていて興味を惹かれます。
浦野:「ユーフォリア=多幸感」という社名は、代表の2人が最初に考えた「仲間と喜び合っている『ユーフォリア状態』をつくる」というコンセプトに基づいています。 ONE TAP SPORTSをご利用いただいているチームが勝利し、アスリートおよびサポートするスタッフの皆さんの喜びが私たちの幸せでもある。この名前に、弊社のビジョンが集約されているところは大きいでしょうね。 また最近では、「データでアスリートのコンディションを科学する」という部分も前面に出しています。
FLEXY松川:御社のそのような思いに、共感して入ってくるメンバーも多そうですね。
浦野:まさにそうですね。今いるメンバーは全員、きちんと代表2人と面談して仲良くなって入っていますから。
これからのスポーツは、根性論ではなく「指導者がデータを活用する」時代に
FLEXY松川:御社のリリースを拝見すると、内容が非常に幅広いですよね。
安達:開発体制はアジャイル的にスピーディに行っています。ルーティンを崩さないことを心掛けつつ、毎週新たなリリースをしています。結果、2018年は年間366の機能追加がありました。1日あたり1機能をリリースした計算になります。
浦野:そうですね。研究開発の部分でも幅広いので、エンジニアは連携が必要になってくるんです。「こっちの話が進んでる最中に、あっちの話も飛び込んでくる」ような。
安達:でも、それが何より楽しい会社だなあと思います。連携しているシステムで新しい機能が追加されたらそれをすぐに試せますし、いろんな視点でのフィードバックをいただけます。新たなことをどんどん学びたい人には、最高の現場になるんじゃないかと思います。
浦野:ずっとスポーツの最先端を走り続けるというよりは、最終的には「ヒトを科学する」ところまで事業でカバーできると素晴らしいですね。主観的な印象と、客観的な数値データのかけ合わせで「ヒトを科学していく」。「音声感情解析AIを活用したコンディション管理」という事業も業務提携で行っていますが、これまでは自己評価で調子の良し悪しや疲労の度合いなどを判断していたものが自分の声でできる。選手の立場ならセルフマネジメントの手段になりますし、スタッフの立場からも選手の現状に合ったサポートが可能になります。
安達:自社でのIoT開発は行っていませんが、他社との連携で入出力デバイスを補完しているという状況です。
FLEXY松川:提携やオープンイノベーション的な動きも?
浦野:代表2人がさまざまな専門家と組んで集合知をつくることに積極的なので、多いですね。自分たちがデバイスを開発するよりも、「すでにあるものを活用したいので持っている所と組んだほうがいい」となります。今も、多くの提携先と途切れず連携している状況です。
FLEXY松川:従来のスポーツでありがちな「根性論」ではなく、データを踏まえて監督が指示する時代になったことで御社が求められている側面はありますね。
安達:バレーボール代表「真鍋ジャパン」など従来からそういった指導者はいました。これからは、現場全体にそれが反映されればと思います。それが、自分たちが今後やりたいことです。 モニタリングを踏まえ、選手が怪我しやすい状況にあるのか、パフォーマンスはどの程度なのかなど、コンディションを可視化し、監督が選手の些細な変化にも気付けるよう、我々がサポートしたいと思っています。
FLEXY松川:「コンディションを可視化するテクノロジー」というのはいい言い回しですね。また、ラグビー日本代表の仕事が始まりだったことは良かったかもしれません。
安達:そうですね!2015年W杯の南アフリカ戦での活躍が契機となって、弊社もここまで伸びることができたと思っています。
FLEXY松川:まさに2015年のW杯から御社に注目していたので、今回お話を聞けて良かったです。選手の要望からシステムを作っていった経緯などを知れて嬉しくなりました。
浦野:ユーザーのチームからは多くのリクエストがあります。しかし、受けた要望通りには作らないことを心がけていて、まずは聞き込む。開発チームも、納得した上でいい物を作りたいので、その要望が、「なぜ必要なのか?」を必ず尋ねます。チームと一緒にそれを深掘りしていき、そこでチームとのコミュニケーションも深くなって「一緒に作る意識」が生まれることも大切なんですよ。
ーー貴重なお話、有難うございました!