【CTOインタビュー】キャリアを真剣に考えるからこそ「エンジニアが事業へコミットすること」が重要

昨今、さまざまな業界で「新しい働き方」が議論されています。フレキシブルな働き方を実践し、日本の働き方改革に先鞭を付けてきたエンジニアは、今後どのようなキャリアを積んでいくべきなのか。

そんなテーマを考えるため、注目企業のCTOや、それに準ずる方のお話を伺います。

今回インタビューさせていただいたのは、クラウド名刺管理サービス「Sansan」を提供し、新たなビジネスインフラを生み出しているSansan株式会社の藤倉成太さん。Sansanは多数のエンジニアを抱えながらも、「CTOを置かない」という独自の組織体制を敷いています。その背景にはどんな思いがあるのでしょうか。

エンジニアリングに関わる意思決定は、「6人の合議制」で

ー まずは、現在のSansanの体制について教えてください。

藤倉成太さん(以下、藤倉):エンジニアが所属する部門として、法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」を開発するSansan事業部開発部、個人向け名刺アプリ「Eight」を開発するEight事業部Development Teamがあります。

また、当社のすべての名刺データ入力などを担うData Strategy & Operation Centerの中には、名刺データ化システムの開発を行うDevelopment Groupと名刺入力の自動化の研究開発を行うR&D Groupを置いています。

この4チームでそれぞれ別のマネジメント体制を敷いていて、私自身はSansanの事業をずっと見ています。開発部長がいて、その横のプロダクト部で責任者かつ企画者として動いているのが私です。

エンジニアの人数としては、Sansan開発部全体で40名ほど、Eightでは30名ほどですね。データ入力の部門のData Strategy & Operation CenterのDevelopment Group、R&D Groupにもそれぞれ10数名ほどいます。

ー 今回はCTOインタビューということでお話を伺っているのですが、そもそもSansanには「CTO」がいないんですよね。

藤倉:はい。部門ごとに独自の運営をしていく一方で、横串での組織文化づくりも必要です。しかし、1人のCTOがすべてを見るのは難しい。そのため、各エンジニアリングの責任者6人が集まって合議制とし、CTOの業務に近いことをやっています。

ー この合議制のもとでは、どのようなことが話し合われるのでしょうか?

藤倉:エンジニアの採用や評価制度、環境支援、ハードウェアやソフトウェアの購入支援などについて議論しています。当社は2017年6月から第11期に入りますが、そこから新たに始める予定の評価制度もこの中で生まれたものです。

採用について言えば、技術要件は事業部によって全然違うのですが、私たちはまだまだベンチャーなのでカルチャーフィットがいちばん大事だと思っています。そこは事業部が変わってもぶれない部分で、6人での目線合わせも行っています。会議ではチェアマン役を決めていて、議論が割れた場合には決裁してもらいます。なお、メンバーには取締役が2名入っているので、ここでほぼ最終決定まで持っていけることも特徴だと思います。

「何にコミットしているか分からない」ようなCTOならいらない

ー 6人の合議制というのはユニークは体制だと思うのですが、どんな経緯でここに落ち着いたのですか?

藤倉:「いろいろとやってみて流れ着いた結果」なんですよね。

3年ほど前に、各開発現場の空気感が正しい状態になっているのか、各現場でエンジニアにどう向き合うかということを代表を含めて話していました。

事業が成長していく中で、エンジニアの文化が事業部ごとに異なりつつあるという課題感を持っていたんです。「横串でマネジメントできるCTOが必要なのでは?」という議論も出ましたが、先ほどお話したように1人ですべてを見られるのか、という懸念もありました。CTOを置くという決定打がなかったんです。

そのため、現在の合議制(当時は5名)のメンバーに代表を加えた6名で議論を続けていました。あるとき代表から「自分以外の5名で決めてみては?」という話があって。その後1名を加えて、その形のまま現在も続いています。

ー 「CTOを置く決定打がなかった」という部分について、もう少し詳しく伺いたいです。

藤倉:独立した1人のCTOを置いて、その人がどの事業にもコミットしていない場合、「エンジニアリングがどうあるべきか」「事業がどうあるべきか」という各事業部の思いとの間でコンフリクトが生じるのは避けられないと感じていました。やるなら全事業に関わるCTOでなければいけない。でも、すべてにコミットしきるのは難しいだろうというのが結論でした。

その背景には、Sansanならではの企業文化もあるんです。当社では取締役も自分のラインを持って、何らかの事業にコミットするというのが基本的な考え方。

代表以外は、それぞれコミットする事業を持っています。その中で「CTOが何にコミットしているのか分からない。何者なのか分からない」という状況を生むわけにはいかないので。

ー これはある意味では、リッチな人材が豊富にいるからこそできる体制とも言えますね。

藤倉:私たちがリッチな人材であるかどうかは別として、6人がフラットに議論できる状況でなければできないとは思いますね。

メンバーにとっても、この体制は大きなメリットがあると思っています。 現場の一つ上のレイヤーが6人の合議体なので、意思決定ラインとの距離がとても近くなるんです。ここで議論されるのは事業責任者が各部署のために考えていることであり、この場で決めたことが代表に否決されることもほとんどありません。そのため、合議制のリスクである意思決定の遅れもない。実質的には「6人のCTOがいる」という感じです。

事業にコミットしてもらうためのジョブグレード制

ー エンジニアの評価・育成についての基本的な考え方を教えていただけますか?

藤倉:エンジニアはもともと、コンピテンシー(成果を発揮するための行動特性)でしか評価できないようなところがあると思っています。所属する企業の「思い」や「あるべき姿」を理解することは、とても大切です。

Sansanの場合は、プロダクトだけで事業のKPIを達成できるようなビジネスモデルではありません。セールスやマーケティングなど、他部署が安心してクライアントと向き合えるようなプロダクトを作ることが第一。そのためエンジニアには「絶対に落ちないような堅牢なシステムを作る」という高い要望を出しています。それをクリアしてもらうためには、個人の能力やできること、開発していくべきことをより明確にしなければならないというのが評価・育成の基本的な考え方です。

ー 先ほど、第11期から新たな評価制度を導入するというお話がありましたね。

藤倉:評価の仕組みを変え、「ジョブグレード」(職級制度)を導入しようと考えています。

エンジニアの評価をコンピテンシーに頼らざるを得ないことに加え、人数規模が拡大したことでマネジャーとメンバーの間での「曖昧な握り」が難しくなってきたという課題もあったんです。かつての小規模な組織の中では、ある程度曖昧な握りの中で付けた評価でも経営陣が最終判断することで成り立っていました。しかし現状の組織体制や今後の拡大を見据えていくと、同じやり方では通用しません。評価のアウトプットである給与についても、より明確な基準を示していく必要があります。

そのためジョブグレードを導入して評価の基準を明確にし、経営陣の一段階下のレイヤーでもそれを示しながらメンバーと会話できるようにしました。

ー 藤倉さんとしては、メンバーであるエンジニアの皆さんにどんなことを期待しているのでしょう?

藤倉:「事業に対してコミットする姿勢」は貫いてほしいですね。

評価の大前提は、事業に対して貢献しているかということです。それを突き詰めて考え、ジョブグレードの最上位では「業界でもそんな人は全然いない」というレベルの人材イメージを提示しています。

永続して継続する企業を作るのではなく、それぞれの事業で世の中を変えていくというのがSansanの目指すこと。そのために必要な能力開発があれば、ぜひ一緒にやろうというスタンスですね。

事業貢献こそがエンジニアのキャリアアップにつながる

ー 最近では業界を問わず「副業容認」の流れが加速しつつあります。エンジニアであれば、さまざまな業種・プロジェクトに関わって成長していきたいと考える人もいると思いますが、そうした「個人のキャリアプラン」と「事業へのコミット」のバランスをどのように取っていくべきでしょうか。

藤倉:いろいろな考え方があると思いますが、個人的には副業は大反対なんです(笑)。それをやるヒマがあるなら、事業に向き合うべき。エンジニアとしての能力を軸に事業へ貢献してほしいという思いが強いですね。

エンジニアリングという技術を使って何を成し遂げたいか、どんな風に事業に貢献できるかを追求することこそ、エンジニアのキャリアアップにつながると思うんですよ。そのために必要な技術を磨く。必要ではない技術を磨いても仕方がありません。

とはいえ、エンジニアとは生来テクノロジーが好きな生き物なので、事業に無関係なものでも気になる気持ちはとてもよく分かります。「いずれ、一生のうちにどこかで役に立つかもしれない」という気持ちで、焦らずに向き合い、学んでいけばいいと思います。

ー 貴社では徳島県神山町に設置している「Sansan神山ラボ」で働くエンジニアの方が注目されていますが、これも事業にコミットしてもらうための取り組みなのでしょうか?

藤倉:そうですね。神山ラボは個人のためではなく、「どうやって会社をブーストさせるか」を考えて作ったものです。エンジニアやセールス部門が集中力を高め、より生産性や創造性を発揮できるような場所として用意しました。

これがさまざまなメディアで取り上げられ、知名度が上がる中で、徳島の地元企業で働いている優秀なエンジニアと出会ったんです。ぜひSansanに来てほしいということで話をしましたが、地元・徳島で働き続けたいという意向が強かった。「こんな優秀なエンジニアを採用できないなんて会社の損失だ」と考え、神山に常駐して働けるようにしたんです。

超一級のエンジニアから、世の中に貨幣価値を生み出せる存在へ

ー 藤倉さんは今後、エンジニアがどのようなキャリアを歩んでいくべきだと感じていますか?

藤倉:個人的には、エンジニアのキャリアの先はCTOではないと思っています。企業によってさまざまな実態があると思いますが、CTOとは「元エンジニア、現経営者」です。エンジニアのキャリアとしては、経営者を目指すよりもまず、エンジニアとして超一級の存在になることを目指したほうがいいと思っています。

ー 「エンジニアのことが分かるCTO」と「エンジニアとして超一級の存在」では、何が違うのでしょうか?

 

 

藤倉:私自身、かつては超一級の、世界で一流と言われるようなエンジニアになりたいと思っていたんです。必要とされる技術を磨き続け、プロダクトの力で世の中を変えていく。これからの世の中で最も必要とされる人材だと思います。だからまずは、それをひたすら目指していくべきでしょう。

Sansan入社前は、R&Dみたいなことをしながら、技術のことだけを考えてアメリカで働いていました。それが、現地の刺激的な環境の中に身を置く中で「世の中に貢献し、貨幣価値を生み出せるような人材になりたい」と考えるようになっていきました。

Sansanに加わり、価値観はよりはっきりしていきましたね。「この事業を成功させられなければ終わりだ」と考えるようになっていったんです。部門長となることを提示されたときには、エンジニアとしての純粋なキャリアを捨てるような気持ちも覚えました。しかし事業成功を第一に考えたら、自然と受け入れられた。

「世の中にどんなインパクトを与えたいか」ということを考え続けていけば、そんな風に新たなキャリアプランを見出だせる可能性もあると思います。

ー ありがとうございます。最後に、藤倉さんの今後の展望についても教えてください。

藤倉:数年後には、世の中の社会人にとってSansanがビジネスインフラとして当たり前に存在するようにしたいと思っています。Sansanがインフラとして定着したときには、ツールとしての名刺は世の中からなくなっているかもしれない。あるいは、ビジネスにおける名刺交換というあいさつが、今とはまったく違う行為になっているかもしれない。そんな妄想を膨らませています。

これまでSansanでは、「過去・現在の出会いを記録すること」で価値を作ってきました。これをさらに広げて、今後は「未来の出会い」にもつながるようなサービスも作っていきたいですね。

 

取材・記事作成:多田 慎介

藤倉 成太

中央大学理工学部精密機械工学科卒業後、株式会社オージス総研に入社しミドルウェア製品の導入コンサルティング業務に従事。2002 年に OGIS International, Inc へ出向し、シリコンバレーにて現地ベンチャー企業との共同開発を経験する。 帰国後にソフトウェア工学センターで開発ツールやプロセスの技術開発を行い、オージス総研で勤務する傍ら金沢工業大学大学院へ入学して2007 年に卒業。2009 年、三三株式会社(現 Sansan 株式会社)に入社。クラウド名刺管理サービス「Sansan」のプロダクト開発を牽引している。

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