【CTOインタビュー】テクノロジー・リソース・プロダクトの3領域を横断し、「つまみ食い」でキャリア形成をーChatWork株式会社・山本正喜さん

外部環境が大きく変化していく中で、「これからのエンジニアのキャリア」はどうあるべきなのでしょうか。プログラミングに集中していけばいいのか、それともマネジメント領域へも幅を広げていくべきなのか。若手エンジニアの多くが抱える悩みを、成長企業のCTOへぶつけます。

今回インタビューに答えていただいたのは、ChatWork株式会社のCTO・山本正喜さん。「世界の働き方を変える」という大きなテーマに向けて進化を続ける組織の今と、これからのエンジニアに求められる力について伺いました。

目次

「CTO室」を中心に、高いスキルを持つメンバーが集結

Q:最初に、チャットワークの現状や体制を教えてください。

山本正喜さん(以下、山本):「チャットワーク」は、社内コミュニケーションはもちろん、社外とのやり取りにも活用できるツールとして広がり続けています。現在までの導入実績は約12万7000社以上。国内ナンバーワンのシェアです。幅広い業種で使ってもらえるように、またグローバルでもサービスを広げていけるように考えているところです。

現在の社員数は78名で、1年半前は30名強だったので倍以上に増えています。このうちの約半分がエンジニアですね。

Q:現在の組織の形も教えていただけますか?

山本:大きくはセールス&マーケティング部や事業運営を行う事業推進部、グローバルマーケティング部などのビジネスサイドとバックオフィスのコーポレートサポート本部、そしてエンジニアやデザイナーが所属している開発本部に分かれています。

開発本部内は5部署。「プロダクト開発部」というところでメインのツールを作り、「プラットフォーム開発部」でチャットワーク上に乗せる新規サービスや決済・管理画面などを作っています。モバイルチームである「アプリケーション開発部」にはiOSやAndroidのエンジニアが在籍。プロダクトデザインとサイトデザイン全般を担当する「デザイン部」と、サーバー管理や保守を担当する「インフラマネジメント部」もあります。

さらにもう一つ、「CTO室」という部署も置いています。ここには高い専門性を持つエンジニアが在籍して、各部門に対する技術支援を行っています。

Q:「CTO室」とは珍しい名称の組織ですね。

山本:そうですね。スキルの高いエンジニアが集まり、社内のあらゆるところに首を突っ込んで課題解決しているんです。2年半ほど前に作られた部署で、現在はここに4人が所属しています。

Q:ここ1年で社員数が倍増しているとのことですが、新しく加わった人たちをどのように配置していますか?

山本:特定の領域・機能を切り出して部署を作っているので、これまでのメンバーが兼務していたものを切り離して専任にし、その空白地帯に新しい人が入っているイメージですね。開発側はもともと規模が大きかったので、そこまで混乱はありませんでした。

また、開発本部の中にマネジメント経験が豊富なメンバーがジョインしてくれたことも大きかったですね。組織が大きくなっていくと、CTOのサブとして開発部長(VP of Engineering)のポジションが必要だと言われますが、まさにその役割を担ってワークしてもらっています。

Q:CTOがどの範囲までマネジメントするかというのは、企業によって対応が分かれていくと思うんです。山本さんは、現在の組織の中でこれをどのように考えていますか?

山本:CTOを含め、ものづくりをマネジメントする担当役員の領域は、3つあると思っています。

1つは「テクノロジーマネジメント」。技術の選定やアーキテクチャーを見るということですね。もう1つが「リソースマネジメント」。プロジェクトや人の管理を通して、限られたリソースで進めていく。そして最後が「プロダクトマネジメント」です。製品をどのような価値でユーザーに届けるかを考える立場です。この3つを会社組織として担保できるのであれば、責任は1人で負っても3人で負っても構わないだろうと思っています。

テクノロジーマネジメントにはアーキテクチャに長けたCTO室を配置していますし、リソースマネジメントでは先ほど申し上げた開発部長を、プロダクトマネジメントの領域でも今期からプロダクトマネジャーを置いています。私は全体の取りまとめと調整をしていくという組織設計です。

Q:組織が拡大していく中で、この3つの役割はどんな順番で必要になっていったのでしょうか?

山本:組織が小さいうちは、私がすべてを担当しても回っていました。課題感が出てきたのは、テクノロジーからですね。ずっと走り続けていくうちに技術的負債が重なってシステムが老朽化し、不具合が出たりスピードが出なくなったり……。力技のプログラミングでは通用しない世界に入っていったんです。そこでスーパーエンジニアや高いスキルを持つ技術顧問を入れて、その人たちの知見によって組織を引っ張っていた時期がありました。2年半ほど前ですね。

その後、新しいアーキテクチャで頑張っていく中、「スーパーエンジニアたちは必ずしもスーパープロジェクトマネジャーではない」という問題にぶつかりました(笑)。理想や真理を追求する人たちなので、果てしないんです。どちらかというとアーティストや研究者に近い。それはそれでとても重要なんですが、現実と折り合いを付けるためのプロジェクトマネジャーが必要になってきたのです。

技術的な問題とリソース管理ができるようになり、今まさにプロダクトマネジメントを強化していこうという段階に入っている状況です。

ChatWork株式会社 CTO 山本 正喜 氏
大学在学中の2000年、兄の山本敏行氏とともに兄弟で株式会社EC studioを創業。ものづくりの責任者として多数のサービス開発に携わり、2011年3月にクラウド型ビジネスチャットツール「チャットワーク」を開発。2012年には社名をChatWorkへ変更し、チャットワークをビジネスコミュニケーションにおける世界のスタンダードにすべく、全社を挙げて取り組んでいる。

「OKR」と「コアバリュー」を軸にした新たな評価制度

Q:レベルの高い人材がどんどんジョインしていると思いますが、そうした方々がチャットワークで働こうと考える動機は、どこにあるのでしょうか?

山本:ひとつは「技術的課題の深さ」だと思います。高いレベルで仕事をしてきた人たちは、収入などの条件はあまり重視していなくて、「これまでにやったことがないこと、自分の技術が活かせる現場」を求めています。やりたい案件ベースで動き、高度な現場を求める。転職先にはまったく困っていないですからね。

Q:そうした方々と長く一緒にやっていくため、モチベーションを保ってもらうために取り組んでいることはありますか?

山本:スーパーエンジニアには特殊なマネジメントが必要です(笑)。指示をしてやってもらうという世界ではない。「こんな課題があるけど、どう解決する?」という素材を持っていき、彼らに議論してもらって、キャッチボールをしながらやることを決めていくんです。こまかな企画は私のほうで見つつ、大きな課題をストーリーとともに渡すように意識しています。
逆に、キャリアの浅いエンジニアにはある程度課題を咀嚼して渡し、目標管理をしながら進めていますね。

Q:評価制度はどのように運用しているのでしょうか?

山本:今期からは、OKR(Objectives and Key Results=目標と主要な結果)と行動評価をベースにしています。

OKRは、全社の目標をチーム・個人に落としていき、それぞれが達成することで全社も達成するという管理手法です。半期に一度の評価を行うんですが、この半年間のOKRをある程度ストレッチしながら設定しています。

行動評価では、会社のコアバリューに対しての実践度合いをマネジャーが評価し、点数を付けています。

Q:人数が増えたことによって評価制度の軸を見直したということですか?

山本:そうですね。以前は各部それぞれで独自の評価を行い、最終的に全社共通の評価軸にプロットしてもらい、その後全メンバーの全項目を一つずつ全マネジャーと役員でレビューしていくというやり方をとっていました。マネジャー同士で各メンバーの評価をすり合わせでき、とても意義のある形だったのですが、組織拡大によって運用が難しくなってきていました。それでOKRによる評価を導入したという流れです。全社戦略と評価のベクトルを一致させたいという経営的な観点もあります。

自分の特性に合わせて、「何をつまみ食いするか」考えるべき

Q:今後はグローバル展開を考えているとのことですが、エンジニアへはどのようなことを求めていきたいと考えていますか?

山本:チャットワークというサービスがオンラインで広がっていく基盤はある程度できたと思っています。ただ、そこで獲得できているユーザーは世界全体で見ると数パーセント程度でしょう。自分で見つけてくれる方ではなく、「自分では探せない」という人、ITの力が届いていない人にも利用してもらうにはどうすべきか。そんな課題を感じています。

エンジニアには、自分たちが作っているものが誰にどのように届いているのかを強く意識してほしいですね。特に、ITに慣れ親しんでいない方の目線を忘れがち。ユーザーに会うという体験を増やしていきたいんです。

医療などのシビアな現場でも、チャットワークはなくてはならないツールになっています。我々が作っているものは広く世の中に貢献しているんだということが伝わるような場も、積極的に作っていきたいと思っています。

Q:現在はそうした場をどのように設けているのですか?

山本:エバンジェリストを会社に招いてユーザー会を開いたり、ファンイベントを開いたりするときには、エンジニアにも参加してもらうようにしています。セールスへの同行を増やす動きも取っていますね。

また、デザインチームが主導で行うユーザーインタビューには、エンジニアも積極的に参加していますよ。toBのビジネスは相手の顔が見えるし、見なければいけないのだと思います。

Q:今後、チャットワークのエンジニアにはどのような姿を目指してほしいと考えていますか?

山本:先ほど申し上げたテクノロジー・リソース・プロダクトの3つの領域で、どこを目指していくかだと思っています。テクノロジーであればスーパーエンジニアやアーキテクトを目指したり、海外の文献を読めるレベルを目指したりする必要がある。これはもはやアスリートのような世界ですね。本気で目指す覚悟がなければ、「若くて安い」海外の労働力に代替されてしまう恐れもあると思います。

リソースマネジメントについては、いわゆる「上流工程」のスタンダード。王道のようなキャリアプランかもしれませんね。技術のバックグラウンドがある中で人やプロジェクトの管理やチームマネジメントを学んでいくという領域です。

もう一つのプロダクトマネジメントは、どちらかというと企画、ビジネス寄りです。プロジェクトマネジメントは「How」「What」の領域ですが、プロダクトマネジメントは「Why」、「なぜ作るのか」を考える領域。ユーザーやマーケットと向き合い、技術と結びつける能力が必要です。まだ日本では確立されていない分野ですが、向こう5年、10年を考えると必ず重要になるポジションだと思います。海外ではプロダクトマネジャーといえば花形ポジション。勉強すればするほど面白い領域ですが、難易度は高いですね。幅広い知見とともに高い調整能力やロジカルな思考力も要求されます。

で、この中の一つだけに絞って食べていこうとすると大変だと思うんです。うまくこれらの領域の力を組み合わせていくほうが現実的。どこに軸足を置くかは意識しつつ、自分の特性に合わせて「何をつまみ食いするか」という考え方でキャリア設計をしていくと、一過性の技術やトレンドに振り回されることなく、変化に強いスキルセットを身につけられると思います。

「現実的なビジネス課題の解決」を積み重ねることがやりがいにつながる

Q:ちなみに山本さんご自身は、これまでのキャリアの中でどのように「つまみ食い」をしてきたのでしょう?

山本:私はもともとコードを書くのが大好きで、ずっとプログラミングをしていたいと思っていたタイプだったんです。ただ会社の状況的にマネジメントせざるを得ず、「つまらないな」と思っていた時期もあります(笑)。

でも、「マネジメントも”ものをつくるための組織をつくる”ことで、ものづくりなんだ」ということに気づいてから、マネジメントも自分の担うべき領域である”ものづくり”とみなせるようになって、興味をもって取り組めるようになりました。

ものづくりをしたいという思いがベースにあって、そのために必要だから、人やリソースをマネジメントする。これはずっと変わらないですね。

Q:今後のご自身の展望としては、どんな風に仕事をしていきたいと考えていますか?

山本:“ものづくり”という観点で必要なことはなんでもするのが自分の役割なので、足りないところを見つけ、課題解決の方向まで持っていく環境を作ることを繰り返して、世界の第一線で戦えるプロダクトと開発組織をつくっていきたいと思っています。

Q:最後にもう一つ伺いたいのですが……。現在の20代のエンジニアには、「40代になったときの自分の姿がイメージできない」という人が多いと思うんです。変化の激しい時代に、若手のエンジニアは今、何をしておくべきだと思いますか?

山本:10年、20年先のことは本当に読めないですよね。変化のスピードがどんどん早まっていくことは間違いないと思います。そんな中で新しい技術もどんどん出てきていますが、すべてが現実にいま求められているものばかりではありません。3年前の技術でも、現状のビジネスには十分通用するんです。

新しい技術をキャッチアップすることも大切ですが、それ以上に重要なのは現実的なビジネスの課題をどう解決するか。その経験をできるだけ多く積むことだと思います。しっかり現実を見て「なぜこのトレンドが起こっているのか、本質は何か。今、何が求められているか」を判断できるようになることが、自分自身のやりがいやキャリアパスにもつながっていくはずです。

最近では趣味の世界でも、ほとんどコストをかけずにサービスを作ることができますよね。ネタレベルでもいいので、自分自身で世の中の課題解決をするための開発に挑んでみるのも面白いと思いますよ。ユーザーに実際に届けるものをつくることで、気づくことってほんとたくさんあります。

取材・記事作成:多田 慎介

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