【CTOインタビュー】AI、ブロックチェーン、PWA。ITの新技術を医療の現場へ―リンクウェル・戸本裕太郎さん
「テクノロジーを通じて、医療を一歩前へ」。医療の潜在能力を最大限発揮するためのテクノロジー活用を目指す、株式会社リンクウェル。
医師、医学博士である金子氏が代表で2018年に設立されたばかりのスタートアップ企業です。今回は、8月に同社にジョインした、CTOの戸本氏にインタビュー。
中部電力でブロックチェーン技術を利用したアプリ開発などを手がけた経験などを踏まえ、医療×ITの最先端についてお伺いしました。
目次
効率的な予約システムと電子カルテが診療所の現場を変える
ーー 株式会社リンクウェルは2018年に起業したばかりのベンチャー企業ですが、中部電力での経歴豊かな戸本さんがジョインしようと決めた理由は何だったのでしょうか?
戸本 裕太郎 氏(以下、戸本):二つの理由で面白いと思ったからですね。
1つ目は、現在の診療所におけるビジネスモデルを改善したいという思いです。弊社が手がけているのは、大病院などではなく、いわゆる町医者というジャンルです。よくあることですが、近所のお医者さんに行こうと思っても土日は開いていませんよね。かといって、平日夜遅くに仕事終わりのサラリーマンが寄ろうと思ってもやっていない。
私もサラリーマンだったので原体験があって、正直お客さんにとっては不便なビジネスモデルなんです。この状況を改善するにあたり、弊社はシステム(後述)を持っていますし、パートナーとなるお医者さんの事業設計にもコンサルティングとして寄り添いますので、高い確度でwin×winの改善が期待できます。このようなステークホルダーが多い業界で目指すゴールに自信が持てるのは中々無いことなので、まずその点で自ら関わりたいと思いました。
2つ目は、医療現場が非常にアナログで、潜在ニーズに満ちているということ。カルテも紙、会計も紙、診療科内で事業を取り回すためのデータも全部紙。あらゆるものが前時代的なんです。現状はそれでも回っていますが、これからの医者の多くはデジタル世代なので、彼らの現場を我々がうまくデジタル化し、もしかしたら、今は無い新しい医療サービスも、このデジタル化の延長線上で生まれる可能性が高いです。他の人が気づいていないことをやるチャンスだと思いました。
ーー 現状の医療現場を打破していくために、御社ではどのようなIT事業を展開しているのでしょうか?
戸本:現在、自社製品と他社製品のシステムをいくつか導入しています。2018年10月から我々がプロデュースするクリニックをパートーナーの医師とともに、田町に開業していて、そこにこれらのシステムを導入している形です。
まず、自社製品は、クリニックに来院する患者さんの体験の徹底的な向上を目的としています。病院の予約・問診・診察、それらに伴う業務フローを補助するシステムで、病院の生産性を最も良い状態に持っていくことを目的としています。せっかく予約したのに、来院したら1時間待ちだった…という事態を回避できるものです。
仕組みとしては、カレンダーの日付を選択すると、新幹線の予約席のような表示が出て、15分刻みで予約できるようになっています。内科、皮膚科、ワクチン摂取といった種別ごとに推定診療時間をシステムが把握し、15分のキャパシティ内で3〜5人の待ち行列を自動でセットします。さらに予約時に初診かどうか、風邪かアレルギーかなど簡単な問診も行え、事前に医師が効率良く準備できるシステムになっています。予約した人は赤色で表示、飛び込みの患者は白色で表示され、予約者を優先できる仕組みです。実際に、患者が来院した際は、銀行の窓口のように画面に受付番号が表示されるので、自分の待ち状況がわかります。他にも、予約システム利用登録時に保険証の写真を登録してもらうと受付をスムーズにできるなど、クリニックとして診療の回転率が上がり、患者として短時間で気持ちの良い医療体験が受けられることが目標であり、コンセプトのシステムです。
一般的に開業間もないクリニックの来院数は1日あたり5〜10人程度と言われていますが、田町のクリニックは開業一週間で一日80人以上の患者さんに来院いただきました。患者さんの約7〜8割が事前に予約された方で、これほどの急速な立ち上がりは前例のないことだと聞いています。
ーー では、他社製品とはどのようなものですか?
戸本:一つ目は「CLIUS(クリアス)」という株式会社Donutsと共同開発のクラウド型電子カルテです。
機能的には患者のカルテ情報を中心としたオペレーションシステムで○○さん、何歳、風邪で来院、前回の薬は△△、検査結果は・・・といった情報を入力できます。他の業界になぞらえると、CRMのような役割になりますが、現状の医療業界、特にクリニック業では顧客接点の強化とオペレーションの最適化を同時に成功させているプレイヤーは数限られています。
CLIUSは現時点で洗練されたUIを持っており、我々は前述した田町のようなマーケティングフィールドを持っていますので、この分野でのpivotにおいて我々の共同開発は大きな強みです。
二つ目は「ORCA(オルカ)」という日医標準レセプトソフトです。レセプトとは医療における会計管理のことで、みなさんも”診療点数”として馴染みあるものです。レセプトが医療システムにおいて外すことのできない分野であることは間違いありません。
一方で我々はスタートアップであるため、自らの強みを最大限発揮できる分野にリソースに注力した結果、レセプトに関しては、ORCAとの連携がもっとも事業生産性やシステム全体の保守性、役割分担のバランスが良いと判断しました。
縦割りの医療業界にシステムを浸透させるためには土壌づくりが必要
ーー こうした医療×ITという取り組みは他企業もある程度行っていると思いますが、開発したシステムを市場に浸透させるための強みや工夫があれば教えてください。
戸本:代表の金子とよく話すのですが、弊社が強いのは、医療のハード(医療現場そのもののコンサル)&ソフト(ITシステム)の両方を持っていることです。ハードとソフトを同時に持っていると、顧客へのタッチポイントが圧倒的に多くなることは、appleや任天堂の例で証明されていますね。医療でも同じだと思っています。
医療×ITというジャンルに対して目星をつけている方は多いですし、政府もAIホスピタルを推進するなど、医療に対しては非常に前向きです。
しかしながら、ITに秀でているからといってそれが良いビジネスモデルに直結するとは限らないのがリアルビジネスの難しさかな、と。要するにお金にならないんですね。例えば、私個人がクールな問診アプリを製作して、独自に告知したら医療業界全体に広がるかというと、そんなことないんですよ。患者からしてみれば病気に気づいてから治るまでが体験なわけですからね、問診というタッチポイントだけがクールでもさほど意味がありません。
そうすると私の問診アプリを既存の病院やクリニックと連携して世に広めなければならないわけですが、これはとてもコストがかかります。
弊社が施策として計画しているのは、第一段階として「現場を作る」ことです。現在、若くして開業したい医師の需要は多いものの、個人事業主として多額のイニシャルコストがかかります。これは医者とはいえ流石に勇気がいることですから、弊社が運営する診療所「クリニックフォア」というブランドで開業したい医師を募り、弊社の予約システムや電子カルテを活用してもらう。
回転率が高くていつでも来院できる診療所を増やして、実際に稼働することで、弊社システムの良さを知ってもらうことができると思っています。
ーー 「クリニックフォア」の展開第一段階ということは、第二段階、第三段階も計画されているということですか?
戸本:第二段階としては、事前問診や体調管理に関するアドバイスなどを含めたライフログの管理を行って、診療時間外も患者をケアすることを考えています。
現在は病院でなんらかの検査をしたとき、多くの場合、わざわざ病院に行って医師から結果を聞く必要があります。それを、スマホから手軽に見られるようにします。もちろん専門用語や難しい記号ではなく、一般的なリテラシーの方が理解できるように咀嚼した表現で伝えます。健康診断結果のような感覚ですね。
他にも、日本人は健康志向が強い傾向にありますから、うるさくならない程度に健康アドバイスをしてくれるパートナーのようなデバイスがあったらいいな、と思っています。活用するIT技術には、私が得意とするAIをはじめ、画像、音声認識などの積極的採用を考えています。そういった技術がバズワードとして流行っているからではなく、より人間的で直感的な医療サービスを作る際には、インタラクションのハードルとなる”表現の揺らぎ”に向き合う必要があると考えているからです。
また、ライフログを取るために、Apple Watchのようなデバイスと連携することも非常に前向きに考えています。将来的には心拍数や脈の速さ、皮膚の状態などをデータとして取り、ライフログを構築する諸元としたいのですが、連携デバイスを患者に毎日つけてもらうのはハードルが高いですから、実生活との折り合いがチャレンジングな部分ですね。
いずれの構想も、第一段階があればこそのITサービスです。前述のとおり、単一の顧客接点強化では戦略的な普及は難しいでしょうから、クリニックフォアのブランドと連携して展開すると想定しています。マスで狙っていくためにはAndroid、iOSのストアアプリか、それに準ずるプラットフォームを活かすことになるでしょう。モバイルでありながら、ストアを介さないようなプラットフォームでの構築がベストです。
第三段階は、第二段階でのデータが溜まってきた時に、データそのものに価値を見出すビジネスを行うことです。
弊社はデータのオーナーというよりは、プラットフォームを医療事業者らに提供することを考えています。例えば、ライフログから医療保険を提案したい事業者に対して、ライフログ基盤となるシステムを丸ごとSaas提供するような感覚ですね。弊社のメインターゲットはクリニックではありますが、第三段階のステージでは、より大きな病院・医療団体との連携を前提としたポジショニングはありだと思っています。そのためのシステム開発、プラットフォーム開発が主な事業になるのではないでしょうか。
株式会社リンクウェル創業初期メンバー(金子氏、山本氏、戸本氏、菅野氏)
AIなどの先進技術を積極的に活用。さらに、マーケティングにも注力した組織へ
ーー 三段階の計画を実現するために、今後どのようなエンジニア組織を作っていこうと構想されていますか?
戸本:希望としては二期目には10人規模に拡大して、三つのチームを作りたいですね。
一つ目は、現場のビジネスに対してITを導入するチーム。二つ目は、AIやブロックチェーンなど、先進的な技術を活用した取り組みによって、競合他社がやっていないような新規サービスを打ち出すチーム。三つ目はマーケティングチーム。BtoC、あるいは、BtoBtoCの企業として、システムサイドにもデジタルマーケティングの考え方が求められるからです。
マーケティングチームは、基本的には自社プロダクトやサイトの解析などのSEO、グロースアップツールなど、マーケティング支援とそのためのツール選定・開発・運用を担います。クリニックフォアというブランドを増やしていくわけですから、それらを活かしたオウンドメディアも視野に入れて活動します。
ブロックチェーンとPWAの具体的な医療現場導入の展望
ーー 戸本さんは中部電力でブロックチェーン技術を活用したアプリ開発を手がけていらっしゃいますが、ブロックチェーンを医療の現場にどう活かすことができるのでしょうか?
戸本:ビットコインで賑わったブロックチェーンは、「価値交換の主導権は事業者ではなく、お客さん自身にある」という考えで成り立っています。
医療にもある種、そういった考え方を当てはめることができますよね。弊社の場合も含めて、今日の時点では、患者の医療情報は、事業者のサーバーシステムの中で集中管理されていますが、自分の情報に価値があると気づく人が現れて、値段をつけて二次利用することだってあるわけです。
そういう前提でいくと、臨床研究をしている方へ臨床データ販売や、治験への参画などは、医療でブロックチェーンを使う好例だと思います。どちらも、現行のビジネスモデルでは人集めに大きなハードルがあり、結果情報提供者への還元率が悪いか、最悪nが集まらないことがあるようですから。能動的に価値交換する動機付けをブロックチェーンの仕組みごと組み込むことができれば、人集めのコストは減るし、還元率やnも改善する方向にいくのではないかと思いますね。
弊社ではまだ検討段階ですが、他社では既に電子カルテをブロックチェーンで維持しようという取り組みがありますね。台帳データの改ざん耐性などに着目しつつ、サイロ化しているデータ構造を統合することで、電子カルテ市場のペインそのものを改善しようとしていますから、実現すれば面白いと思います。
ただ、医療の情報は多分に個人情報が含まれていて、ブロックチェーンも別段個人情報をやりとりしたい仕組みではないので、いずれのアイディアにおいても無理に使う必要はないと思うんですね。前職では電力というsystem of systemの中でブロックチェーンの必然性を説明できる上、莫大な電力システムコストを大幅に下げる可能性があるからやっていたわけです。
また、事業性をあまり考慮しないということであれば、患者さん同士でコミュニケーションしてもらったり、ポイントを見返りにして情報交換してもらったり、ブロックチェーンを活用しながら、そんな循環構造を作ることはできると思います。
ーー その他、現在注目されている技術はありますか?
戸本:割と実装じみた話で恐縮ですが、PWAと、LINE front-end framework。現在、弊社の予約システムは、サービスを拡張を兼ねてモバイル化しようとしています。ただ、単純にiOSやandroidアプリにすると、ストアからダウンロードしなければいけませんから、最悪の場合、そのスイッチングコストでお客さんが離脱してしまいます。
そこで活用しようと考えているのがPWAやLINE front-end frameworkです。いずれもアプリダウンロードの課題を緩和してくれるからです。もちろん一長一短はありますが、弊社はマーケティングを非常に重視しているので、こういった技術は積極的に使っていきたいですね。PWAはios対応の関係で注視するに留めていますがLINE front-end frameworkは既に採用してシステム構築を行なっています。
あとはReact Native、Ionic Framework。スタートアップでの開発リソースは潤沢とは限らないので、クロスプラットフォームの開発手法は積極的に採用しています。ネイティブな描画ではないionicは日本ではあまり人気がないようですが、高速開発と保守性の観点で私は選択肢に入れています。弊社のアプリが医療用ワークフローシステムだからこそできる判断ではあります。
その他、ブロックチェーン、AR、VRといった分野も調査していますが、この辺りの技術はやりたい事業の特性に合わせて親和性の高いサービスを選択すると思います。AIに至ってはサービスで賄うのではなく、モデルの検討から初めて自社開発する可能性の方が高いです。
企画/編集:FLEXY編集部