【CTOインタビュー】スタイリングAIによる「検索しなくていいファッションEC」とは?ファッション×AIの最前線――DROBE・都筑友昭さん
「洋服は欲しいけれど、自分に似合う服がわからない」――そんな多くの人が抱える課題を解決するため、2019年4月に創業した株式会社DROBE。BCGやDeNA、LINE、ZOZO、伊勢丹など多様なバックグラウンドを持つメンバーが立ち上げたファッションテックスタートアップです。
人工知能とスタイリングのプロのスキルを融合させ、「検索しなくていいファッションEC」を実現した同社。創業からわずか1年で、サービス利用者は現在約2.5万人、その8割が30~40代の女性です。購買率はなんと80%を超えています。
今回はCTOの都筑さんにインタビューを実施。ファッションとAIを組み合わせようと思った理由やサービス概要、実際のAI活用の実態、成果などについてお伺いしました。
目次
新しいファッションEC事業をスケールさせるにはAIが必須だった
DROBEの創業にあたって、なぜファッション×AI領域を目指そうと思われたのでしょうか。
株式会社DROBE 最高技術責任者 CTO 都筑 友昭さん(以下、都筑):「ファッション領域で事業をやりたい」という思いが先にあり、AIを活用することになったのはその上での必然でした。
DROBEの立ち上げにあたって、まずは徹底したマーケットリサーチを行いました。すると、ファッション領域において大きなマーケットペイン、すなわち負の部分があることがわかってきたんです。特に女性に顕著で、結婚、出産、就職といったライフスタイルや年齢の変化によって「何を着たらいいのかわからない」「以前好きだったブランドが年齢的に合わなくなってきた」「服を選ぶ時間がない」といった悩みが生じていました。
本来は楽しいはずのファッションが抱えるペインを解決するため、テストマーケティングも実施しました。その中でユーザーに喜ばれそうだったアイディアが「検索をしなくてもいいファッションEC」です。具体的には、サイトで商品を検索する代わりにスタイリストがユーザーに合う洋服を選んで自宅にお送りし、気に入れば購入してもらうという内容です。
ユーザーからは好評だったのですが、このサービスにはどうしてもスタイリストの人的コストがかかります。一定のクオリティを保ちながら事業としてスケールさせるのは難しいだろうというのが、当初からの課題でした。こういった背景から、AIの導入を計画したのです。
70の質問から得られた情報を基にユーザーに最適なアイテムをセレクト
では、「検索しなくていいファッションEC」についてサービス内容を具体的に教えていただけますか?
都筑:現在は女性向けにサービス展開しています。料金は商品の代金+スタイリング料2900円で、初回のみスタイリング料が無料です。送料や返送料はかかりません。商品の発送頻度は2週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月ごとの4種類からお選びいただけます。
UXは先程簡単にご説明した通りで、まずはスタイリストがユーザーに合った商品を選んでお送りします。ご自宅で試着して、気に入ったものがあればキープして購入し、不要なものは返送してもらうという流れです。
サービスの大きな特徴は、サイトにサインアップする際、70問ほどの質問に回答する必要があることです。それらの回答をベースにスタイリストが洋服を選びます。
※プロフィール入力画面(一部)
70問!その答えから導くんですね。どんな質問があるのでしょうか?
都筑:根掘り葉掘りいろいろ聞きます(笑)。身長体重、靴のサイズといった身体情報はもちろん、ご結婚されているのか、お子様はいらっしゃるのか、どんな職業なのかといったライフスタイルについてもお伺いします。ファッションに関してどんな雑誌を読むのか、よく購入するのはどんなブランドのどんなサイズかといったことも聞きますし、写真を見せてどんなスタイルが好きかをイエス・ノーで答えてもらう設問もあります。
スタイリングAIが15万点の商品を数百にまで絞り込み業務をサポート
事業をスケールさせるためにAIを導入したということですが、実際サービスのどんな部分で活用しているのでしょうか?
都筑:商品をセレクトする最初の段階ですね。現在DROBEが取り扱っている商品数は15万点で、ユーザーに送るのは毎回5点前後です。膨大な商品の中からユーザーに合ったアイテム数点を選ぶのは想像以上に大変で、70の質問の回答を読むだけでも30分はかかります。人力だけでサービスを運用しようとするとかなりの人数のスタイリストを雇用しなければいけません。そこで、商品をセレクトするステップをスリム化するために「スタイリングAI」を活用しています。
AIはユーザーのプロフィールを読み込んで、マッチしそうな商品を15万点の中からざっくり200~300点にまで絞り込んでくれます。そこから人間のスタイリストが最終的なセレクトをして、ユーザーに商品をお送りするというわけです。
なるほど。AIの開発言語や、DROBEならではの特色についても教えていただけますか?
都筑:言語はPythonで、PyTorchというライブラリで書いています。 AIというものは基本的に入力と出力の対応関係を作る技術だと思っているのですが、スタイリングAIにおける「入力」は3つあります。
・70の質問に答えてもらったユーザーのプロフィール ・カテゴリやブランド名、素材やサイズ、色、価格などの商品データ ・商品の購入、返品などユーザーの行動履歴
これらの情報によって出力しているのが「ユーザーと商品のマッチ度」で、15万点の中からAIがユーザーに合うと考える商品が導き出されます。
一般的なレコメンドエンジンに対するスタイリングAIの特殊性や強みは、ユーザープロフィールが存在していることです。ECサイトにおいて商品データやユーザーの行動履歴を蓄積し、そのデータを基にレコメンドのモデルを作るのは極普通のことです。しかし、身長体重やライフスタイル、洋服の好みといったリッチな情報を持っているECサイトは多くありません。
より精度の高いレコメンドが出せるという点では、他社に比べてかなりオリジナリティのあるポジションに位置していると思います。
AI導入の成果はどのように評価しているのでしょうか?
都筑:AIを導入することでスタイリストの商品選定時間が短縮され、多くのユーザーに対応できるようになったとしても、購入率などが下がっていたらサービスのクオリティは悪くなっているということです。
そこで、AI導入以前と以後でどの程度購入率や単価が変化するのか、継続的に監視しています。AIを本格導入したのが2020年の1月頃なので、それ以前に人力だけでスタイリングしていた頃の基準値を100として、そこを上回るかどうかで評価しています。
結果として、購入率と単価は人力で選定したときと同等かそれ以上の実績を出せています。選定にかかる時間は順調に減っているので、「作業は効率化し、サービスのクオリティは保つ」ことに成功していると考えています。
※実際にお届けする商品(イメージ)
すでにAI技術を前提とした事業計画が可能となっている時代
AIの導入に関してチャレンジングだった部分はありますか?
都筑:最初にご説明した通り、「ユーザーのニーズはあるが、スタイリストの労力が大きく人力ではスケールが難しい」というのが事業の大きな課題でした。機械学習の運用に成功することが会社や事業そのものの成功の必要条件になっていたので、その点はチャレンジングでしたし、技術責任者であるCTOとしてもドキドキしていたというのが正直なところです(笑)。
AIの導入に成功した理由は何だったのでしょうか。
都筑:今後AIがコモディティ化していく、あるいはすでにそうなっているという考えが頭にあったからかもしれません。Webの技術もコモディティ化していない頃はWebサイトを一つ作るにしてもかなり大変だったと思うのですが、現在はすでに技術がオープン化されて、Webを活用する前提で事業計画を立てられますよね。AIも同様の道を辿るだろうと予想していたので、AI技術を前提とした事業計画を作ること自体に違和感はありませんでした。データが無い中でどの程度の精度を出せるかは未知数だったのですが、最悪if文を1万個くらい書いて運用していこうと覚悟していました(笑)。
また、創業から1年経過して振り返ってみると、データドリブンな設計で開発を進めてきた部分も大きかったです。例えば70の質問はしっかりバージョン管理していて、現在は3世代目です。質問にも良し悪しがありPDCAを回して改善しなければならないので、マスターデータを作って厳格に管理しているんです。質問自体をハードコードにしてしまうと機械学習に使いづらくなるといった側面もあります。工数はかかるのですが、今思うと良い判断でした。
データドリブンな組織で少数精鋭のエンジニアがフルスタックに活躍
エンジニア組織についてもお伺いしたいと思います。組織にはどのような特徴がありますか?
都筑:当社のエンジニアは正社員が私を含めて3名なのでかなり少人数です。ほかには週5日のフルコミットで来ていただいている業務委託の方が2名、週3日が1名、あとは夜だけの稼働や副業で来ていただいている方が4名ほどです。基本的には内製で開発しています。
技術領域はインフラ、バックエンド、フロントエンド、データ、機械学習などがあるため、一人のエンジニアが複数の領域をオーバーラップしています。フロントエンドメインのエンジニアがバックエンドも触ったり、インフラやバックエンドを触っているエンジニアがある程度データを見て機械学習も行うといったように、フルスタックにやらざるを得ない状況ですね。「○○エンジニア」という職種の枠も設けておらず、それぞれのエンジニアが自分の得意分野を持ちつつ、必要なことがあれば学習して開発するという感じです。 とはいえ全てのメンバーが各領域で「その道の専門家」では無い事があるので、例えばインフラなら外部のインフラの専門家にサッと聞きに行く文化があるのも特徴です。1日かけてネット検索するよりも、大規模なインフラを運用した経験があり、ある程度失敗もしている人に1時間話を聞いたほうが得られることが多いからです。副業の方がアドバイザーのような立ち位置でワークすることもありますね。
※DROBEのエンジニアチーム
データドリブンは組織に文化として根付いているのでしょうか?
都筑:分析したデータに基づいて意思決定をしたいという傾向がありますね。それはエンジニアだけではなくビジネスサイドも同様なので、会社としてのカルチャーになっていると認識しています。データが間違っていると当然意思決定も誤ってしまいますから、創業当時からチーム全体でデータを大事にしてきました。綺麗なデータが完成されていれば、当然AIも開発しやすくなりますしね。
ECサイトにおける新しいお買い物の方法を浸透させていきたい
最後に、今後の展望やビジョンについて教えてください。
都筑:コロナの影響もあり、今後はあらゆる業界でEC化の流れが加速してネット上に商品の情報が増えていくと思います。一方で、人間の持つ処理能力は大して変わりません。自分にとって最適な商品に辿り着くのがどんどん困難になっていくとしたら、何らかのテクノロジーで解決する必要があります。
そこに対してDROBEが提供しているのが、自分で検索しなくても、その道のプロが最適な商品を提案してくれるというサービスです。ユーザーに自分の情報をシェアしてもらうという前提はありますが、今後は自社と同様のサービスがECでのお買い物の仕方として当たり前になっていくと思いますし、DROBEが普及の一端を担えればと思っています。