【資金調達の裏側】スタートアップ企業BearTailのCTOに求められる判断力とは?
「無駄な時間を減らして豊かな時間を作る」をビジョンとして掲げる株式会社BearTail。
Time Hack Companyを目指し、クラウド型の経費精算システム・家計簿サービスなどを提供しています。筑波大学の3名の学生が2012年に創業した同社は、サービス低迷期に大きな方向転換を図り、激しいIT競争の中で生き残る道を探りました。
今回はそんなエピソードも含め、CTOの西平さんにCTOとしての役割や、サービスとエンジニア組織の持つ特徴などについてお伺いしました。
株式会社BearTail
最高技術責任者 CTO
西平 基志 氏
滋賀県立膳所高校卒業、筑波大学情報学群入学。画像処理分野において、錯覚を利用した映像の3D化を行ったほか、Twitter上のソーシャルグラフを3D空間上で可視化する研究を行う。
2012年株式会社BearTail創業。最高技術責任者に就任。
目次
3人の学生がスタートさせた、タイムハックを目指す企業
まずは御社の概要についてお教えいただけますでしょうか。
当社は現代表と私、そしてもう一人のメンバーの計4名が筑波大学在学中の2012年に創業した会社です。Time Hack Companyになることをビジョンとして、より効率的に暮らせるようなプロダクトづくりを目指しています。当初は「Dr.Wallet」という家計簿アプリを中心にサービス展開をしていましたが、2016年になって経費精算というビジネス向けの領域に参入しました。
得意としているのは、ヒューマンコンピュテーションを用いたタイムハックです。これは、システムの中に人の力も組み込んだサービスを提供するというもの。つまり、コンピューターにしかできないことはコンピューターが行い、人の力でなければできないことは人が行う仕組みです。Dr.Walletの場合は領収書をユーザーが写真撮影し、それを送信してもらうことになりますが、その裏側でオペレーターが領収書の内容を手入力します。Dr.経費精算も同じインフラを用いていて、人の力を使うからこそ、正確かつ簡単にデータ化を可能にしているというわけです。
開発には主にRuby on Railsを使用していて、フロントエンドはReact.js。ライブラリはReduxを組み入れています。
メンバー全員がコードレビューを行う、チームワーク重視の組織
開発組織について、概要と特徴を教えてください。
会社全体で社員は40名。そのうちエンジニアは10名で、ほとんどが20代の非常に若い会社です。CTOである私の直下にWebエンジニアやアプリエンジニアが在籍しています。Webエンジニアはサーバーサイドやフロントエンドなどで担当が分かれていないことが特徴です。Webエンジニアであれば、経験が浅くても他のエンジニアからサポートを受けつつ、データベースの設計からフロントエンドのUI開発まですべて担います。
チームは改善チームと新規顧客獲得チームの2つに分かれています。改善チームはプロダクトの改善やバグの修正、デベロッパー向けの業務効率化の開発などを行い、新規顧客獲得チームは主にお客様からの要望を実装するのが役割です。その際は2~3人のチームに分かれ、プロジェクトマネージャーと一緒にお客様の抱えている本質的な課題を解決するためにはどのような仕様にすべきか議論し、リリースまでのスケジュールを相談しながら決めます。プロジェクトマネージャーは、開発者ではないですが、コードを書いていた経歴があったり、プロダクトリリース直後から歴代のプロジェクトを管理していた経験のある方々で、開発者の事情も良く分かっているので相談しやすい環境です。
開発チームの強みはどんなところですか?
チームワークですね。もちろんエンジニアに限りませんが、採用時は技術よりも人柄をみて採用している部分が大きいため、業務中にギスギスしたり空気が悪くなってしまうということはまずありません。たとえばコードレビューの際、他社だときつい言葉を投げられて喧嘩になってしまったという話もよく聞きますが、当社ではそういったことは全くないので、スムーズに開発が進みます。
また、リファクタリングをアグレッシブに行うのも強みですね。コードに古い部分があれば、影響範囲が大きい部分であっても、必要ならどんどん書き換えていきます。また、各エンジニアが技術選定について提案することもでき、新しい技術を取り入れやすい環境になっています。
エンジニアの技術向上のため、どんな取り組みを行っていますか?
一つは、開発のフローとして必ず誰かがコードレビューを行い、OKが出ないとリリースができない制度を採用していることです。当たり前に行っている会社も多いとは思いますが、当社はさらにメンバー全員がコードレビューをする、という決まりにしています。つまり、自分がシニアのエンジニアからコードレビューを受けることもあれば、逆に自分がシニアのエンジニアにコードレビューすることもあるということです。レビューを通してなるべくメンバー全員の知識レベルを共有し、高められるようにしています。
あとは週に1回、自由参加の輪読会を行っています。メンバーが読みたい本を決めてそれぞれ担当する章を決めたら、毎週その章のまとめを発表してもらう形で知識を学んでいます。技術的に面白かった記事を共有するslackチャンネルもあります。
書籍の購入制度もあり、会社所有ではなく個人の所有物として購入しても構わない形にしています。Kindleで読む人が多いということもありますが、IT業界における技術関係の書籍は非常に移り変わりが早く、会社で保有するメリットがないのも理由です。実際、最近オフィスを引っ越したのですが、数年前の書籍はかなり断捨離してしまいました。使われなくなった技術があったり、新しい技術が出てきたりするので、どんな時代にも読んでおきたいような本は限られるのです。
情報収集に重点を置き、CTOがエンジニアとボードメンバーをつなぐ
社内におけるCTOとしての役割はどのようなものですか?
私が重点を置いているのは「情報共有」です。1on1を通して各チームのメンバーが困っていることや課題に感じていること、トライしたいのはどんなことなのか、なるべく問題を個人で抱えてしまわないように気をつけています。また、月に1回のKPTミーティングで、振り返りを行い、各個人が感じている続けるべきこと(Keep)、課題点(Problem)、新たに取り組むこと(Try)を開発メンバーで共有しています。
毎月課題点をチームで解決できますし、すぐに解決が難しい点についてはその場で理由を共有できるので、説明無く問題が放置される不満を減らす事ができると感じています。
会社全体の方針を各メンバーにしっかり伝えるのも私の役割です。CTOなのでボードメンバーとのミーティングも行いますが、そこで議論された内容は毎週共有するようにしています。また、各部署から週報が共有されるので、全社員が各部署の状況を把握する仕組みがあります。時にはプロダクトの強みや、課題を伝えるために、セールスチームの売上などをピックアップして開発チームに伝える事もあります。
開発チームは自己組織化されたチームとして、管理を集中せず、各個人の能力を最大限引き出せるようなチームにしていきたいと思っています。各個人が正しい判断をする能力があるので、適切に情報を共有すれば、CTOやチームリーダーなどによる細かい指示が無くても、正しい優先度で仕事を進められると思っています。逆に、適切に情報が共有されない場合は、個人の能力に関わらず局所的な判断になってしまい、組織全体で見たときに間違った決定をしてしまう事になるので、情報共有は非常に大切だと感じています。
3週間で会社の大きな方向転換を成し遂げ、数億円の資金調達を実現
2016年のサービス方向転換は、会社の危機的状況も関係していたそうですね。
新たにB向けの経費精算サービスを展開した2016年は、Dr.Walletだけではどうしてもマネタイズが立ち行かず、会社の存続が危ぶまれた時期だったんです。Dr.Walletで積み上げた資産を活かしつつ次のステップへ向かうために考えたのが、領収書を写真に撮り、その内容をデータ化する経費精算アプリでした。本当に瀬戸際の状況だったので、開発からわずか3週間足らずでリリースしたほどです。ちょうど電子帳簿保存法が施行され、働き方改革を国が推進しはじめたタイミングに上手く乗れたプロダクトでしたね。Dr.経費精算が軌道に乗ったことで数億円の資金調達も完了し、なんとか山場を切り抜けることができました。
ただ、これはメンバーが若かったために無茶が通ったという結果論でもあります。Dr.Walletに思い入れのあったメンバーはこの方向転換についていけず一気に辞めてしまいましたし、創業メンバーにとっては辛い時期でした。
資金調達に成功した要因はなんだったと考えていますか?
具体的な資金調達法そのものはもちろん弊社の代表取締役の視点のノウハウが経営視点で存在しています。
ただ、開発者目線としての要因はプロダクトの未来に対して期待値を買ってもらえるかどうか、に尽きると思っています。未来につながるような結果を常に見せられるかどうかが勝負なのです。そのためには目先のユーザーを増やすことも重要ですし、技術的負債を抱えないように開発を進めるのもポイントになります。
「いざとなればここのコードは完全に後で書き直そう」といった判断と書き直しの時期を見定める力が、CTOやテックリードには必要とされるのではないでしょうか。
エンジニアの本能とも言える「効率化」を世の中に提供できる魅力
現在は採用に力を入れているそうですが、エンジニアにとって御社で働くメリットはどのような部分ですか?
当社のビジョンもプロダクトも「業務効率化」に通じるものですが、これはエンジニアの本能に近いものです。エンジニアであれば、自分の作業を効率化するために何かをつくる、という考え方が染み付いているはずですから。そんな本能そのものを体現するプロダクトを世に出せるのが、当社に所属するメリットだと感じています。
また、「経費精算」という分野自体は、確実に会社の全従業員が関係することです。業務を改善しよう、効率的に仕事をしようという慣習が染み付いていない層に対してソリューションを与えられて、効率化に貢献できる。そんなあり方に共感できる方にとっては、非常にやりがいのある会社なのではと思います。
実際の業務や開発フローの魅力についてはいかがですか?
先程ご説明した新規顧客獲得チームではユーザーの要望を拾い上げて機能を追加していくわけですが、要望のメインの受け皿となるのは、ユーザーと直接やりとりをするカスタマーサクセス部です。
エンジニアは、カスタマーサクセス部と直接コミュニケーションを取ることで製品がどうやって使われているのかを知り、どんな仕様を加えたらいいのか、そしてどんなスケジュールで進めるのかを決めていきます。プロジェクトを円滑に進めていくために、プロジェクト管理についての輪読会を定期的に開発部とカスタマーサクセス部で共同開催しています。2つの部署間のコミュニケーションが多いため、お互いの事情をよく知ることで、スムーズに業務を進めることができます。また、営業サイドからは新規の顧客情報も共有されるので、案件の重要度もメンバー全員が把握できるようになっています。このようにフラットに、多角的な視点で開発ができるという点が魅力の一つと言えるでしょう。
売り手市場だからこそ重視すべき、組織の心理的安全性
スタートアップのエンジニア組織をつくりあげていく際の、CTOとしてのアドバイスはありますか?
やはりメンバー同士が人間的に尊敬し合える、コミュニケーションを円滑に行える組織であることが重要だと思います。現在、エンジニアは売り手市場です。どんな業界のどんなプロダクトでも挑戦する余地がありますし、そこに社会的な価値や意義を求めることはどの企業でも充分可能です。
そうなると、差別化になるのは「誰と働くのか」というということです。この人と一緒に働きたいと思えるような組織づくりができるよう、私も心がけています。コードレビューのときに喧嘩にならないといったこともそうですが、技術者の間に心理的安全性があれば気軽に質問もできますし、間違っているかもしれなくても素直に意見を言うこともできます。すると情報共有や学習速度も向上するはずです。実際、当社では未経験者をエンジニアとして雇い入れることもあるのですが、たった1年で目覚ましい成長を見せてくれます。当社のような若いエンジニアが多い会社の場合は、特に成長速度を上げられるような仕組みや組織のつくりかたを考えるのが大切と考えています。
それでは最後の質問として、今後、学生起業をしたい!という若手に対してのアドバイスもあれば是非お願いします!
重要なのは、信頼できる創業メンバーを集めることです。何年も一緒にやっていく事になりますし、その間辛い出来事は何度も訪れる事になります。そういう時期も一緒に乗り越えられるメンバーを見つけられると、成功確率は上がるのかなと思います。学生起業となると人脈もあまり無いですし、事業や会社が有名になるまでは採用力が非常に低いです。事業が軌道に乗るまでは基本的に初期メンバーで乗り切る事になるので、人選は非常に重要になります。
Dr.経費精算事業を始めて以来採用した従業員は全員残っていて、プロジェクト初期の売上が全然立たない時期から力を貸してくれました。皆の頑張りのお陰で事業は軌道に乗りつつあり、非常に感謝しています。
学生起業は社会人の起業に比べると経験もお金も人脈も無く不利なスタートになりますが、家族などがいない分、お金も必要ありませんし、自由な時間のほとんどを会社のために使う事ができます。学生起業にはそれくらいしかメリットが無いですが、若いうちに失敗できるのでリカバリーに使える時間が多く、リスクを取りやすい時期だと思います。情熱を捧げられるプロダクトがあるなら、チャレンジしてみてください。