1分で何でもできる世界を創る。都市の変革を目指すエンジニアの働き方とは?――600株式会社 代表取締役 久保渓さん
2017年6月に設立されたばかりの600株式会社。「1分あれば何でもできる」をミッションとして、現在はオフィスを中心に無人コンビニの600(ろっぴゃく)を提供しています。立ち上げたのはIPA未踏事業に採択されたり、WebPayなどの開発などで一躍注目された起業家・エンジニアの久保渓さん。ソフトウェア側のエンジニアがハードウェア開発を手がけることになったきっかけと想い、そしてそこに集う人材の働き方について詳しく伺いました。
目次
時間を有効活用したい。商圏50mで展開する「無人コンビニ600」への想い
田崎:本日はよろしくお願いいたします。まずは御社が提供している「無人コンビニ600」について、誰に対するどんなサービスなのか、簡単にご紹介いただけますか?
久保:無人コンビニ600のサイズは幅60cm、奥行き55cm、高さが175cm程度。冷蔵ショーケース型の自動販売機で、コンビニにあるような飲み物や軽食を販売しています。現在はオフィスを中心に設置いただいており、今後はコワーキングスペースや駅ナカ、ジム、病院、マンションなどへの展開を考えています。 普通のコンビニは半径500m商圏だと言われていますが、現代の首都圏においては徒歩10分の距離でも買い物に行くのは大変だ、という状況が少なくありません。そこで私たちは、商圏50m、大体徒歩1分以内で好きなものが買える、という状況を様々な場所に作りたいと思い、この無人コンビニ600を提供しています。
田崎:久保さんはこれまでシリアルアントレプレナーとして様々なサービス開発を行ってこられましたが、今回「商圏50m以内」という部分に着目したきっかけは何だったのでしょうか?
久保:私の経歴として、ウェブペイという会社でクレジットカート決済システム「WebPay」の開発を行い、2015年にLINEに会社を売却した時に勤務先も渋谷ヒカリエに移りました。その時の経験なのですが、ヒカリエはお昼時になると、エレベーターが非常に混み合うんです。階下のコンビニに行こうとするだけでもエレベーターの待ち時間が非常に長く、やっとたどり着いたコンビニで並び、オフィスに戻るエレベーターでまた並び…1時間の昼休みのうち、実に45分を移動に費やしていました。 対処法は、15分で食事を済ませるか、裁量労働制でしたから休憩時間を2時間に増やしてその分夜に働くかという2択で、非常に効率が悪かったんです。お菓子やお弁当、ジュースなんかをもっと近くで買えれば生産性が上がるのに、と強く感じましたね。 一方、同時期にプライベートでは妻が妊娠して、つわりが酷かった。カットりんごが食べたい、飲み物はファンタグレープが飲みたいなど、必要なものが具体的でした。ところが、ファンタグレープをコンビニで買い占めてしまうと、次に買おうとした時にまだ仕入れが間に合っておらず店を変えて探すなど、調達に苦労することがありました。 そんな経験を通じて妻と話したのは、そんな「今すぐ、ちょっとこれが欲しい」という状況、他の例で言えば料理中に突然サランラップが切れた、みりんが必要になった、でもキッチンは離れられない…といった時に、マンション内でいつでも欲しいものを欲しい時に購入できたら良いのに、ということでした。 買い物に出かける時間が少なくなれば、節約した時間を家族と過ごす時間や勉強など、自分の人生にとって本当に大切なことのために使えるようになるのではないか。そんな想いが、商圏50m以内の無人コンビニを提供する600を立ち上げるきっかけになりました。
初挑戦するハードウェア領域ながら、プロトタイプは一人で制作
田崎:強い想いがあった一方で、久保さんのキャリアを考えると、WebPayも含めWEBサービス側の開発者というイメージが強くあります。その視点で言うと、今回新しくハードウェア側の事業を立ち上げることについてはどのような考えがあったのでしょうか?
久保:私が最も興味を抱いているのは、「現在商圏がどんどん狭くなるという社会変革が起こっていて、自分もこれに携わり社会を変化させたい、世界中にサービスを広げたい」という部分で、経営モチベーションの源泉にもなっています。性格的にも目標ややりたいことありきで行動する傾向があるため、自分のスキルセット、今回で言えばハードウェアの知識が無いことを制約条件にはしませんでした。私はアメリカの大学を卒業していますが、英語が得意だから渡米したわけではなく、政治学を勉強したいからアメリカを選んだだけ、というのと同じ行動原理です。 そもそもコンピュータサイエンスの領域についても興味を持ったのは大学からですし、以前手がけていたクラウド事業やFinTech関係の事業において、他のエンジニアの方に比べて自分の知識が劣っているという劣等感はずっとありました。それはハードウェアの領域に移っても同じですね。そもそもハードウェアを学ばないと事業を立ち上げられないから、ある意味「仕方なしにこなした」だけなんです。 ですから無人コンビニ600のプロトタイプは自分一人で作りましたが、今見るとかなりお粗末な出来です。ただそれを形にすることによって、より専門的な知識を持った方が集まってきてくれますし、自分が呼び水のような役割を担えていれば十分なのかな、という認識です。
田崎:なるほど。では、ハードウェアの領域に初挑戦する中で、面白かったことや難しかったことは何ですか?
久保:直感的にハードウェアは難しいだろうと感じていたのですが、制作面で言えばプロトタイプは作りやすかったですね。大きいプロダクトなので隙間があって、多少稚拙な部分があってもそれを隠せるだけの余白がある。「そんなことがあるのか!」という発見は面白かったです。 逆に、困難な部分は無限にありました。一番は、故障があったら人が現場に行かなければならないということですね。WEBの場合は不具合があればサーバーを立ち上げてデプロイしておけば、システム更新して全ての環境を一気に改善することができます。ところがハードウェアは、改善した部品があれば当然一つひとつ交換しなければいけません。地道なオペレーショナル作業の積み重ねが、市場における競争力にとっても重要になるのだなと実感しました。 その一方で、実際の使用シーンを見ることができるのはハードウェアの非常に良い特徴の一つだと感じています。WEBの場合はプロダクトをどう使用してもらっているのか、ツールを導入して推測する形になりますが、ハードウェアの場合は本当に目で見たままが真実です。現在無人コンビニ600の商品補充も社員が直接行っているのですが、現場を見るだけでぱっと理解できる学びがあるのは、WEBには無い魅力ですね。
苦学生だったアメリカ時代にコンピュータサイエンスに傾倒、起業へ
田崎:先程「コンピュータサイエンスに興味を持ったのは大学に入ってから」というお話がありましたが、興味を持ったきっかけをお教えいただけますか?
久保:実は、もともと私は政治家になりたくて、「政治を勉強するなら宗教、軍事、テクノロジー、全ての物事の中心であるアメリカだ」と思いアメリカの大学へ進学し、政治学を専攻していました。 ところが、学生生活は非常にお金に困る日々で。というのも、奨学金で学費の半額は出て実家からの支援も受けていましたが、それでも生活費なども含めると1000万円ほど足りず、自分で稼がなければいけなかったんです。お金が貯まったら一学期大学に通って、休学して、日本に戻って働いてお金を貯めて、復学して…ということを繰り返していました。 ただ、飲食店などでアルバイトをしてもなかなか貯まらない。何とかできないだろうか、と苦慮した結果行き着いたのが、WEBサイトの制作や、エンジニアとしてインターンに参加して稼ぐ方法だったんです。IPA未踏事業に採択されたのもその頃ですね。 インターネットやテクノロジー、プログラミングを扱っていると、年齢に関係なく様々な活躍の機会があり、そのおかげでなんとか問題なく卒業まで漕ぎ着けられそうな状況になりました。その時、仕事の延長線上で本格的にコンピュータサイエンスを勉強したいと思い、ダブルメジャーで学部を専攻したのがきっかけですね。2008年頃になるとAWSなどのクラウドサービスも登場して、「これは将来的に世界が大きく変わるぞ」という衝撃を受けたのも大きかったです。 その流れのまま、卒業後はアメリカでクラウドホスティング事業を立ち上げた、という経緯です。
田崎:現在の拠点は日本ですが、活動のフィールドを限定しているわけではないのでしょうか?
久保:特にこだわりはありませんね。大学卒業後に起業してからはサンフランシスコで3年ほど活動していましたし、自分がやりたい事業に対して一番適している場所を選ぶことが重要だと思っています。
エンジニアの年収は1000万以上。求める能力に見合った報酬を払いたい
田崎:では、現在の600株式会社のエンジニア組織や採用についてお伺いしていきたいと思います。現在はどのような組織体制で運営しているのでしょうか?
久保:社員は全体で13名。エンジニアは5名で、そのうち1名がリモートワーカーです。3名はソフトウェア側、1名はハードウェアも兼任してこなし、もう1名はハードのエレキ系という内訳です。
田崎:採用については、以前「最低年収1000万円のハイスキルエンジニア募集」をブログから発信されたことで話題になりましたが、最低年収1000万…という大胆な募集に至った経緯や、採用基準はどのように策定したのでしょうか。
“最低”年収1000万円のハイスキルエンジニア募集を始めたよ by 無人コンビニ『600』
久保:アメリカで起業した肌感覚として、エンジニアにとって最低年収1000万というのは決して高くない報酬だという認識がありました。というのも、エンジニアは、通常のビジネスマンに比べて求められる能力が非常に高いのです。 まず、大前提として企業理念に合う方というのは絶対ですよね。弊社の場合は6つのバリューを定めていて、「愛」「誠実さ」「責任感」「仲間を助ける利他性」「局面を変える力」「柔軟性」という言葉にしています。この6つを兼ね備えていない方は採用できません。 そこに、AtCoderでのレートが1600(青)以上、直近のコンテストのパフォーマンス値が1600以上など、CS的、数学的スキルのどちらも持っていることを条件としました。 さらに、入社後は戦略やマネジメントなどのいわゆる経営的な部分にも関わっていってもらうことも考えなければなりません。それに見合った報酬として「下限1000万円」という数字を定めたのです。
田崎:エンジニアのスキルを可視化するという意味では、AtCoder以外にも類似のサービスはいくつかあると思いますが、あえてAtCoderを選ばれたのでしょうか?
久保:AtCoderは私が知る限りにおいて、日本国内のCSを見る上では、とても信頼性のおける基準になると思っています。それ以外にも、弊社が弱小のスタートアップ企業であることもAtCoderを活用した理由です。採用募集にあたって、自分たちのために特別にテストを受けてほしい、とは言えなかったんです。独自にテストを行うとエンジニアの方の1日のうち数時間を拘束することになりますし、それは今の私たちの立場では傲慢だと感じました。ですから、汎用的な基準の中で、自分たちが必要としている素養をできるだけ正確に測れるものを検討した結果、AtCoderが適していると判断した形です。
田崎:高い専門性を持つエンジニアの方に対するリスペクトを感じられるお話です。
社員一人ひとりの興味関心を仕事に生かすため、柔軟な働き方を採用
田崎:そんな御社で働く環境として、現在は週休三日制を採り入れていらっしゃいますが、意図を教えていただけますか?
久保:当社のコンセプトでもありますが、「プライベートを充実させて自分自身の人となりや興味関心をしっかり培い意識してこそ、それを仕事にも生かすことができる」という考えがあります。 私の場合であれば現在子育て中なので、粉ミルクの原材料が気になったり、ミルクやおむつを購入する頻度の高さが気になったり、といったようなことですね。各社員の属性によってものの見方は違うので、それをそれぞれ仕事の中で反映させていくことができれば、600という会社自体もより広がりを持った企業になれるのではと思っています。 週休3日制というのも、プライベートを充実させるための象徴的な取り組みの一つです。毎週水曜日を休みにすることで、ただ単に休暇が増えるだけではなく、月火・木金というまとまりができることで働き方にメリハリがついたり、優先順位の議論がしやすくなったりするという利点もあります。週5で働くより週4で働いた方がパフォーマンスも上がりますし、合理的ですよね。
田崎:リモートワーカーの方が1名いらっしゃいますが、リモートで働いてもらう上で意識していることはありますか?
久保:リモートに関して、現在は消極的採用という形にしています。ある程度の言葉によるコミュニケーションを重要視しているのが理由ですね。チャットなどを中心としたコミュニケーションだと、仕事上のコミュニケーションは問題がなくても、その人の仕事以外の背景知識が抜けてしまう、ということを昔から課題として感じていました。 なので、弊社ではバリューとスキルセットの2つの採用基準を最優先としながら、働き方に要望や課題があれば会社として柔軟に制度を作っていくという形で、消極的にリモートワークを許容しています。完全リモートはNGで、週に1~2回はオフラインでコミュニケーションを取れることが必要条件です。
600が描く世界観――1から再構築する都市づくりを夢見て
田崎:最後に未来のお話を伺いたいと思います。今後、600株式会社を通してどのような世界観を描いていきたいと考えていますか?
久保:現在、無人コンビニ600は東京23区内のオフィスを中心に設置していますが、今後は人が集まるあらゆる場所に無人コンビニ600が置かれて、1分で自分が欲しいものが何でも手に入る世界を作りたいと思っています。 日本国内で言えば名古屋でも福岡でも進出可能ですが、実は弊社のメンバーは韓国やモンゴル出身のメンバーがいて、国際色豊か。日本に閉じている必要は全く無いチーム構成です。韓国ならソウル、モンゴルならウランバートル、さらにはニューヨーク、ベルリン、ロンドンなど、早い段階で世界のあらゆる都市部に展開していきたいですね。
田崎:久保さんご自身が、現在注目している分野はありますか?
久保:一番は「都市づくり」、特にアーバニゼーションというトレンドに注目しています。日本国内で言えば、今後総人口は減っていくにも関わらず、東京などの都市部は2050年までほとんど人口が減らないという統計があります。先進国だけでなく開発途上国でも同じ傾向があり、世界中で人々は都市に集まってきている、というのが大きな流れになっているんです。 このトレンド傾向を受けて私が感じるのは、例えば都市国家のように都市部に人が集まり、都市と都市の間は密な情報の連携や交通の行き来がある。そんな効率的な都市の形を新たに1から作っていく必要があるのではないか、ということです。 その中で600は、都市において一番主要なディテールである商品の購買、消費という商圏を担っていると思います。無人コンビニ以外の事業を考える際も、都市国家を再構築する、という視点は非常に興味深いと思いますね。
田崎:都市づくりという大きな構想とハードウェアが担う役割という組み合わせは、とても面白い視点ですね。本日はありがとうございました。