なぜ教育現場にITが必要か?今“EdTech”(エドテック)を知る時<vol.1>

2021年6月9日に開催されたCTOmeetupのテーマは、EdTech。現在、日本の教育業界へのIT導入は世界水準からはおくれを取っており、教育業界自体にまだレガシーな印象を持っている方も多いかと思います。

今回ご登壇いただいた3名の方々には、そんな教育業界の現状や問題点、IT導入におけるハードルについて教えていただきました。

そこから見えてきたのは、コロナによる追い風や、EdTechが持つ未来の可能性です。

 

登壇者のご紹介

【ご登壇者】 <パネラー> 株式会社 LITALICO 執行役員VPoE 亀田 哲矢 氏 EdvFuture株式会社 取締役 武川 誠 氏

<モデレータ> モノグサ株式会社 代表取締役 CTO 畔柳 圭佑 氏

 

モノグサ株式会社 代表取締役 CTO 畔柳 圭佑 氏(以下、畔柳):モノグサ株式会社という変わった名前の会社で代表取締役CTOを務めている畔柳と申します。僕は2013年に大学院を卒業してGoogleに就職し、主にAndroidの開発に取り組んでおりました。2016年にモノグサを僕と現社長の2名で協働創業し、プロダクト開発と開発組織のマネジメントを行っております。

会社全体は33名ほどで、開発者は12名という組織規模で運営しています。我々はEdTech業界の会社ですが、特徴的なのが「記憶」にフォーカスしている点です。「何かを記憶する」というのは、人類が知的活動を行っていく上での根源的な要素だと考えているのですが、その一方で例えば英単語を覚えようと思っても辛いですよね。我々はこういった記憶にまつわる不思議なこと、おかしなことを解消して、「記憶すること」に対してみんなが純粋に向き合えるようにしたいと考えています。検索エンジンができたことで、何かを調べるときに図書館に行ったり詳しい人に聞かなくてもよくなってきたのと同じように、我々が作っているプロダクトによって、「何かを記憶して身に付け、できるようになっていく」ということを誰もが日常的にできる活動にしていきたいですね。

その中で僕たちが提供しているアプリのキャッチコピーは、「解いて覚える記憶アプリ」です。一番の特徴は、記憶したい情報を登録するだけで、学習をする人に合わせた難易度やタイミングで問題が自動生成されること。さらに、問題の正否だけではなく、登録した事柄をどのくらい覚えているのかを常に推測した上で、その状態に基づいたいろいろなコミュニケーションを取れるようになっています。

このアプリは現在広く導入いただいており、全国3000教室、47都道府県のどこかで必ず使われているような状態です。

株式会社 LITALICO 執行役員VPoE 亀田 哲矢 氏(以下、亀田):株式会社LITALICOの亀田と申します。僕はLITALICOに2012年の新卒エンジニアとして入社しており、ほぼゼロの状態からエンジニア組織を作ってきました。会社としては障害福祉や教育の分野で事業を展開しています。もともとは福祉事業所の運営を中心に行っており、僕は会社の中でどうテクノロジーを使っていくのかという観点で参画しました。

入社して9年目になりますが、さまざまな事業の立ち上げを経験しながらエンジニア採用や育成、組織づくりも行ってきました。現在はエンジニアとデザイナーを合わせて100人規模の組織にまで拡大しており、僕は執行役員VPoEとして、執行役員CTOの市橋と2名でエンジニアとデザイナーの組織を管掌しています 当社は「障害のない社会をつくる」をビジョンとして掲げているのですが、多様な方々がその人に合った生き方、働き方、暮らし方、学び方ができるような社会を作っていきたいと僕は解釈をしています。

このビジョン実現に向けて、店舗型の事業では発達障害のお子様への学習支援やコミュニケーション支援、障害のある大人の方への就労支援を行っています。一方オンライン事業として、当事者の方々やご家族、福祉事業所、福祉領域で働いている方々向けにもBtoCメディア/BtoBSaaSなどさまざまなサービスを提供しています。 会社の規模は、僕が入社した時は売上10億円程だったものが現在では160億円を超えるまでに成長しています。テクノロジーに関わる事業を本格的に始めたのは2017年頃で、2021年は一気に17億円まで営業利益が伸びるなど、今後はインターネットがコア事業になるフェーズになってきたという認識です。

現在会社全体としては2500名ほどの規模で、直接支援をしている支援者の方々が多くを占めており、全社を牽引してくれています。このうち、インターネット事業やテクノロジーを用いたサービスを提供しているメンバーは200名以上にまで拡大。エンジニア・デザイナーの人数は、僕が入社したときは3人ほどだったのが、100名ほどに増えています。

EdvFuture株式会社 取締役 武川 誠 氏(以下、武川):EdvFuture株式会社の武川と申します。僕は2015年に総合PR大手のベクトルという会社に入社して、WebディレクターとしてナショナルクライアントのPRなどを行っていました。その後、2019年に当社代表とEdvFutureを設立。現在は高校生向けに非認知能力支援サービスを行う「EdvPath」と、高校生向けWebメディア「EdvMagazine」の責任者として開発を進めています。

当社のミッションは「未来ある子どもたちの情報格差をなくして、自ら意思決定できる人を増やす」というものです。キャリア形成において情報は非常に重要なのですが、地方は東京に比べると入ってくる情報が非常に少ないといった状況があります。僕自身も長崎出身ですが、例えば電通などの大企業が何をやっている会社なのか、全くわからないような状態でした。こういった情報格差をなくすためには、やはり先生や学校の人から聞く情報が非常に重要だと感じているので、教育業界そのものを変えていくべきだろうと考えて、現在のようなミッションを掲げています。

事業は大きく2つあり、一つがEdTech事業で、高校生向けのSaaSサービスとWebメディアを提供しています。もう一つがいわゆるDX事業で、企業や塾、予備校など教育業者向けにWebサイトの制作やPRを支援させていただいています。

EdTech事業については先ほどご紹介した2つのプロダクトがあり、一つ目がEdvPathという非認知能力の支援サービスです。基本的に現在の教育業界はどうしても認知能力、つまり偏差値やテストの点数などの数値を評価するところがあるのですが、こうした目に見える部分の評価は頭打ちになってきていると感じます。今後は非認知能力、目に見えないその子の能力や資質といったものが非常に重要な要素になるだろうと着目しました。EdvPathは非認知能力を数値化した上で、それを成長させるためのカリキュラムも提供しているようなプロダクトです。

もう一つが高校生のWebメディアEdvMagazineで、高校のうちに知っておいたほうがいい進路や就職の情報、一般教養などをできるだけわかりやすく紹介しています。立ち上げから1年ほどですが、月間ビューは4万。「進路」で検索すると1位表示されるようなSEOが強いメディアになっています。

 

写真右上:モノグサ株式会社 代表取締役 CTO 畔柳 圭佑 氏 写真左上:EdvFuture株式会社 取締役 武川 誠 氏 写真左下:株式会社 LITALICO 執行役員VPoE 亀田 哲矢 氏

コロナをきっかけに教育現場のIT導入は少しずつ進展

畔柳:以下は、2018年のデータではありますが、学校でのICTツールの利用状況を示しています。日本は一番右側で、非常に低い状況になっていますね。

※投影資料の拡大

 

畔柳:このあたりの課題感について、EdTech領域を推進していく上でどう感じているのか話していければと思います。我々は塾の領域が中心ですが、モノグサのプロダクトが初めて導入するITツールだったというケースがありますし、コロナをきっかけに検討を始めた方々もかなり多い印象です。

武川さんは高校に直接サービスを導入されていますが、ITツールに対する見方や環境整備の状況についてどう感じていますか?

武川:どうしても紙で情報管理をしていることが多く、クラウドサービスについてはセキュリティ面の不安から嫌がられることが多いです。

国全体の問題としては、やはり教育にかけられるお金が少ないのが大きな問題です。予算の関係で導入が進まないことが非常に多いので、国全体として予算を取った上でタブレットやパソコンを導入してほしいですね。今はコロナの影響もあり、少しずつではありますが進んではいるので、個人的には今後グラフの数字も上がっていくのではと思っています。

畔柳:コロナの影響によって学校現場の方の意識も少しずつ変わっているというのは、希望のあるお話ですね。亀田さんはいかがでしょうか?

亀田:弊社は福祉の枠組みの中で、働きにくさを抱える方へのキャリア支援や、学びにくさを抱えるお子さまへの学習支援やコミュニケーションスキル獲得のサポートをしています。これも教育機関の一つですよね。

これまでは弊社の施設に通ってきていただき、直接サービス提供をしていたのですが、コロナをきっかけに国の仕組みが大きく変わり、オンラインでのサービス提供が認められました。ICT、ITを活用した支援が広まることで、より多くの方にサービスが届けられるようになりました。

もちろん世界的な視点で見ればまだまだ頑張らなければいけないところはありつつも、みんな「ITは役に立つ、必要だ」とより実感・体感してきていると、現場の方々と話をしていても思うようになりました。そういう意味では現在の状況は非常にポジティブに捉えています。

畔柳:コロナによってこれまでIT化をせき止めていた国の仕組みなどが段々と変わっているのですね。こちらも希望のある話だと思います。

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テクノロジーによって教育のコストを下げ、質を上げる

畔柳:「ITツールの利用が広がっていくといいな」というのは多くの方の共通認識だと思いますが、テクノロジーによって教育のどういった部分を解決したいのか、皆さんのお話を伺えますでしょうか。

亀田:コストを下げるか質を上げるかという2つの話があると思っています。

コストを下げるとは、教育現場の業務負荷をテクノロジーでどう下げるかということです。紙の管理をインターネットやタブレットを使って楽にする、システムを導入することで繰り返しの業務を減らす。これが一つ大きく変えるべき部分だと思っています。

質を上げるとは、我々のサービスを軸にお話しさせていただくと、その子の特性や好き嫌い、得意苦手……例えば耳から聞いて学ぶのか文字を読んで書くのが得意かなど、それぞれの学びやすい環境や前提条件は本当に人それぞれなので、そこにどうテクノロジーが介在するのかという話になります。

例えば虫がすごく好きな先生と虫が好きなお子さんの情報があったときに、その二人をマッチングできると仲良くなれるでしょうし、例えば虫を題材にして足し算を学ぶ教え方もできます。自分に合ったやり方や、自分の好きなものを用いて学ぶと子供自身も夢中になれるし、学習効率自体も上がるので、データによる教師と生徒のマッチングは一つありますね。その子にとって勉強をしやすい環境も含めて、どうご家庭や学校に提示してあげられるかということかなと思います。

畔柳:ありがとうございます。学習者の特性に合わせた学び方や環境を提供するためにテクノロジーを使うというのは、我々の事業とかなり似た面があるのかなと思いました。

子供の学びたいことや課題をテクノロジーで解決し、キャリア形成に活かす

畔柳:武川さんはいかがですか?

武川:LITALICOさんと似ているのですが、その子が持っている資質を最大限に活かした夢中になれるようなキャリアを、テクノロジーで形成していけるのではと考えています。

高校生には「自分の適性がわからず進路を決められない」という層が17%ほどいるという問題があるのですが、「自分はこうなりたい」と決める意思決定能力は、現状の教育だとなかなか向上させるのが難しいものです。そういった意味でも、非認知能力、すなわち目に見えない力を向上させると、意思決定能力も伸びていくのではと思っています。

また、弊社が非認知能力に注目しているのは、非認知能力を伸ばすことで認知能力も伸びるというエビデンスがデータとしてあるからです。勉強ができずなかなか成績が上がらない子供には2パターンほどの原因があり、その一つは例えば数学の問題などに対して、計画を立てて実行するのが苦手であることが挙げられます。もう一つは、その子がほかのことに夢中になっていて、勉強に対するやる気があまり出ないことです。一つ目のパターンの場合は、目に見えないセルフマネジメント能力を高めることで必然的に勉強ができるようになって、認知力が高まるというわけです。

畔柳:やはり学校を想像してみても、学び方や得意なことは人によって違うし、同じ授業を聞いてもできるようになる量は本当にそれぞれです。また達成したい事柄は一つでも、抱えている課題は人の数だけ存在しているので、そこは人間の力だけではなかなか解決できないと感じますね。だからこそ、根本的な部分で技術テクノロジーを教育に使っていくのが非常に重要だなと思いました。

エドテックイベント

教育現場のプロダクトに必要な「正確性」や「わかりやすいUI」

畔柳:各社に課題やテクノロジーで実現したいことがある中で、技術的な面で難しいことや工夫している点があればお伺いしたいと思います。

武川:先ほども少しお話ししましたが、やはりクラウド化を進めるにあたってセキュリティを心配されてしまうことが多いですね。我々としては安全だと感じているのですが、そこをわかってもらうのが難しい状況です。

あとは教育業界ということで、できるだけ正確に、バグの無いものをいかに素早く作るのかが重要かなと思っています。

畔柳:亀田さんはいかがですか?

亀田:教育業界の肝だと思っているのがデータ活用です。学校や病院、企業など各所での人の行動と、学習者の好き嫌い、得意苦手をどうマッチングさせるかが大事なので、それらのデータをどう集約してシステムの全体像を作っていくのかという部分が、頑張らないといけないポイントです。

あとはまだIT化が進んでいない場所に対して、Slackのようなかっこよくて今どきっぽい最先端の体験をいきなり導入しようとしても、ギャップが大きて逆に使いづらい、などもあるなと感じています。どう業界全体のIT化をストレスなく、しかし速度感もって推進するかは、今のお客様達としっかりコミュニケーションを取りながら体験の開発をすべきと考えています。ExcelUIがベストだねと判断することもあります。

またクラウドの話がありましたが、一方でオンプレでなければ突破できない部分もあります。いろいろな方法を手段として持ちながら業界に合わせていく取り組みは、エンジニアにとって面白いかもしれません。

畔柳:ユーザーの立場に立って、本当に良い体験はどういうことなのかを考えていく必要がありますね。

直接サービスの導入を決定するのは先生に近い立場の方が多いので、そちらの意見が中心になってしまいがちですが、実際に学習をして長い時間サービスを使うのは学習者のほうです。両方の立場を想像してきちんとサービスを作っていくのが重要なポイントですね。

質疑応答

※リアルタイムでYoutubeライブに視聴者から寄せられた質問に回答

責任者の多さや予算承認のタイミングの少なさが教育現場のネック

質問者:現場のIT導入推進おいて、金銭面以外で障害になるものはありますか?

 

武川:学校というものは決定までのプロセスが非常に長いんですよね。現場責任者がたくさんいるようなイメージでしょうか。EdvPathの場合は短期で総合的なカリキュラムを実行するのですが、総合的な学習の担当の責任者や主任に許可を取った上で教頭、校長の承諾を得て、やっと導入するというプロセスになるため、なかなか導入に至らないことがあります。

畔柳:導入時期も、年度切り替えのタイミングでなければならないことがありますね。亀田さんはいかがですか?

亀田:学校は確か予算承認のタイミングが年に1回、特定の時期にしかないので、プロダクトの開発サイクルはそれを意識する必要がありますし、システムのセキュリティ水準にも一定の厳しさります。意思決定者や各学校のリテラシーの状況に合わせた最適な営業やサポートも重要だと思います。

畔柳:学習系のプロダクトは一瞬の課題を解決するのではなく、長期的に見てユーザーの人生をより良くしてもらうサービスですから、継続利用いただく重要性は非常に高いですね。

 

 

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