【CTOインタビュー】ビジネスとアカデミックな世界をつなぎ、先端技術を使いこなす――楽天技術研究所代表・森正弥さん

70を超えるサービスを展開し、「ドローンデリバリー」など世界初のビジネスにも挑んでいる楽天。その背景には、ディープラーニングやロボティクスといった先端技術の応用を目指す研究開発部門「楽天技術研究所」の存在があります。グローバルに展開するこの研究所ではどのように活動が進められているのでしょうか。代表を務める森正弥さんにうかがいました。

森正弥さん | 楽天株式会社執行役員、楽天技術研究所代表。

慶應義塾大学卒業後にアクセンチュア株式会社へ入社し、大手企業の経営基幹システムや官公庁向け大規模システムの設計プロジェクト、先端技術活用のコンサルティングなどに従事。2006年に楽天へ入社し、楽天技術研究所の設立と運営に携わる。同社での活動のほか、企業情報化協会(IT協会)常任幹事、情報処理学会アドバイザリー、日本データベース学会理事、科学技術振興機構プロジェクトアドバイザー、APEC(アジア太平洋経済協力)プロジェクトアドバイザーなどを歴任。著書に『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社、2010年)など。

「日本はIT技術の活用が遅れている」という危機意識から研究所を設立

Q.森さんは楽天技術研究所の代表だけでなく、企業情報化協会(IT協会)常任幹事をはじめ、業界のさまざまな要職に就かれています。改めて、現在に至るまでのキャリアをお聞かせください。

森正弥さん(以下、森):1998年に戦略コンサルティングファームのアクセンチュアへ入社したのがキャリアのスタートです。当時のアクセンチュアでは新入社員全員がプログラミングを学び、SIerのプロジェクトなどに配属されていました。私は大手企業の経営基幹システムを担当して、システムアーキテクチャのプログラミングや管理、運用といったノウハウを蓄積することができました。

1999年から2000年にかけては、「javaがエンタープライズ・アーキテクチャとして使われるようになる」「XMLがデータとシステムをつなぐ標準フォーマットのベースになる」と言われ始めていた時期でした。そうしたものを使って、官公庁向けの大規模な設計プロジェクトなどに関わりました。その後は情報部門の組織設計や先端技術活用のコンサルティング、事業サイドでの物流会社の営業戦略コンサルティングなども経験しました。

Q.楽天へ移るきっかけは何だったのでしょうか?

森:当時のアクセンチュアは、アメリカのシカゴやパロアルト、フランスなどに研究拠点を設けていました。2004年頃には、そうした拠点から日本へナレッジを導入し、クライアント企業の案件に活用していくような仕事も担当していました。当時は「ウェブ2.0」がトレンドワードで、インターネットの世界にさらに大きな変化が起こうりそうだという予感がありました。

私はオーストラリアやアメリカ、イギリスなど海外のメンバーとも働いていたのですが、その中で「日本はIT技術の活用が遅れている」ということを肌で感じ、危機意識を持つようになっていました。バーチャライゼーションやSOA(Service OrientedArchitecture)などのコンセプトで、ITプロジェクト全体を見直す動きが世界的にありました。しかし日本ではそうした動きがなく、このままでは国際競争力の面でどんどん技術的に劣っていってしまうのではないかと思いました。インターネットはますます伸びていくのに、日本は立ち遅れているわけです。

そんなときに、楽天の役員と会う機会がありました。「日本に先端技術の活用を可能にさせるR&D組織を作るべきだ」という話をしたのを覚えています。当時はちょうど楽天の中でも研究所を作るべきだという声が上がっていて、私のキャリアを買ってもらえることになりました。2006年に楽天へ移り、そこから楽天技術研究所の活動が本格的に動き始めました。

ディープラーニングからロボティクスまで

Q.現在の楽天技術研究所の取り組みについて教えてください。

森:東京、ニューヨーク、パリ、シンガポール、ボストンの5拠点を設け、約120名の研究者が活躍しています。楽天では70以上のビジネスを展開していますが、それらを動かしている人たちとともに研究し、現場で実証実験をしていく。その中で成果が出たものを実際のビジネスへさらに反映させています。

近年では破壊的なトレンドとなっているディープラーニングに力を入れていますが、それ以外にも幅広い研究対象を抱えています。検索やレコメンド・パーソナライズなどのデータ活用、デジタルサイネージ、画像認識、音声認識、機械翻訳、GPUコンピューティング、さらに最近ではロボティクスの研究も進めているところです。

Q.楽天発の新規ビジネスがたびたび話題となっていますが、その背景には技術研究所のみなさんの貢献があるのですね。

森:そうですね。例えば2016年、楽天は世界で初めてドローンデリバリーのビジネスをスタートさせました。そのプロジェクトメンバーの半分は楽天技術研究所の所属です。日本では安全のためのさまざまな規制やガイドラインが存在し、例えばドローンを着陸させる場合、半径30メートル以内に人がいないことを保証しなければいけません。それらのガイドラインを満たすべく画像認識技術を中心としたさまざまな技術群を開発しました。

また、ディープラーニングもさまざまなサービスに実装している「ラクマ」というCtoCのフリマアプリでは、売りたい人の商品登録の手間を削減するため、写真を撮影するだけで商品ジャンルを識別できるようにしました。ビジネス書を識別したり、女性もののアクセサリーであることを認識したりといった用途で活用されています。フリマアプリ界隈では不正出品が問題になっていますが、禁止されている紙幣の出品を探知したり、日本で販売するライセンスを取得していない商品を探知したりといったことも可能となりました。

楽天CTO森様

研究者が企業のデータを活用できないのは日本の大きな課題

Q.研究所では自社のビジネスだけでなく、外部研究機関にも活用してもらうことを目的としてデータ公開も積極的に行っています。

森:産学連携の活発化を目的に、2010年から楽天グループが持つさまざまなデータを研究のために提供しています。現在では世界で250を超える大学・研究室に利用されています。

これは私が研究所を立ち上げた大きな目的の一つでもあります。楽天技術研究所を始める際にはたくさんの研究者の方々に相談したのですが、「我々はビジネスの実際を知らない。自分たちの研究が机上の空論ではないことを示したい」という思いを聞く機会がたびたびありました。せっかくこれだけの規模でビジネスを展開しているわけですから、そうした思いに応えるためにも積極的にデータ提供を進め、産学連携を促進していくべきだと考えています。

Q.リアルビジネスとアカデミックな世界の接続を、より強化していかなければならないということですか?

森:はい。例えば中国では、企業が運営する研究所というものは比較的に少ないです。研究は大学がやるもの、ビジネスは企業がやるものという棲み分けが明確になっていて、産学連携もさまざまな領域で当たり前のように行われています。

一方、日本の場合は研究機関を含めたすべての機能を企業が持ってしまっています。大学の研究者と日常的に組む機会が少なく、いざ始めようとすると、とても大仰なプロジェクトになってしまう。研究者が企業のデータを活用できないのは、日本の大きな課題だと思います。楽天技術研究所ではデータを積極的に研究者の方々へ公開しながら、学術分野での研究領域をタイムラグなしで楽天のサービスに生かしていく取り組みも進めていきたいと考えています。

エンジニアでなければ出せない価値、エンジニアからしか生まれないイノベーション

Q.楽天では多数のエンジニアの方々が活躍されていますが、技術研究所とはどのような接点を持っているのでしょうか?

森:プロジェクトを組むときには、エンジニアにもメンバーとして入ってもらいます。私たちの研究所のチームは研究にフォーカスし、アルゴリズムやディープラーニングの活用などコアな部分に迫っているわけですが、これらはプラットフォーム上でスケールさせなければ意味がないものです。プラットフォームに研究成果を乗せてビジネス上の価値を出してもらうための大切な役割をエンジニアが担っているわけです。エンジニアチームのやりたいことや構想をもとにして、研究所が協力していく機会もたくさんあります。

Q.森さん自身は、エンジニアにどのようなことを期待していますか?

森:私は、「Architecture &Core Technology Platform部」という部署のジェネラルマネージャーも兼任しています。これはエンジニアリングによって新たなビジネスの可能性を切り拓いていくことを目的とした部署です。

今はコモディティ化していないけれど、エンジニアリングの力が必要となるテーマがいくつかあります。先ほどお話したように研究所では画像認識のアルゴリズムを作っていますが、これをエンジニアリングによって具体的なサービスへつなげていくわけです。エンジニアでなければ出せない価値や、エンジニアからしか生まれないイノベーションがあると思っているので、その仕事には大きな期待を寄せていますよ。

Q.楽天のエンジニアとして活躍できる人にはどんな特徴があるのでしょうか?

森:楽天のエンジニアは強い責任感を持った人たちの集まりです。楽天市場や楽天カード、あるいは銀行などの基幹事業においては、言うまでもなくインフラが非常に重要。データベースを落としてしまうようなことがあると一大事です。楽天の損失だけでなく、我々のサービスを使ってビジネスをしている日本中の企業の商品が売れなくなり、資金繰りや事業そのものにも影響を与えてしまうかもしれません。そのため、日々インフラのクオリティを高めるべく奮闘しています。

新たな挑戦を始めることと、既存のシステムに対する責任を全うしていくことは、ときにトレードオフの関係にあるかもしれない。とは言え挑戦していかないと、変化する世の中のニーズに答えていけない。エンジニアには、そうした葛藤を理解した上で「やるか」「やらないか」の判断ができる力が求められるのだと思います。これは研究者も同様です。

新たな技術で、最大限のパフォーマンスを発揮させるために必要なこと

Q.そうした高いレベルの技術と強い責任感を持った人材を育成するために、楽天ではどのような体制を敷いているのですか?

森:楽天のエンジニアは本社だけで2500人、グローバルだと4000人規模の数となります。この中で、プロジェクトに応じてベストなチームを組んでいきます。

キャリアパスも多様ですね。数名で開発するチームもあれば、カード事業のように100名以上の体制で開発を進めているチームもある。生命保険など、法的な規制に則って事業をデザインしなければならないチームもあれば、東北楽天イーグルスやFCバルセロナとのコラボを進めているチームもあります。エンジニアが自分のやりたいことを見つける上で、この幅広さは大きいと思っています。

Q.英語の社内公用語化が話題になってから随分経ちます。グローバル環境で仕事をすることも、エンジニアの成長につながっているのでしょうか?

森:そうですね。本社のエンジニア2500人のうち半分以上が外国人で、コミュニケーションは基本的に英語です。場合によっては、「自分以外は日本語を解さない人たち」というチームに入ることもありますし、海外拠点と分散開発しながら進めているプロジェクトもたくさんあります。

「地球が丸い」ということを意識しながら仕事をする習慣が身につきますよ。ヨーロッパとアメリカ、日本をつないで同時カンファレンスをやるときなどは苦労もあります。ヨーロッパが昼ならアメリカは朝で、日本は夜。いずれかが大変な思いをしなきゃいけないということもあります。こうした調整ごとにおいてもうまくコミュニケーションをしながら、最適な組織デザインやプロジェクトデザインを進めています。

Q.今後の組織づくりにおいては、どのようなことが必要だと考えていますか?

森:某グローバルインターネット企業では、リードエンジニアに対してディープラーニングに関するトレーニングを実施したものの、良い結果は得られなかったそうです。これ、分かる気がします。

今のAIの技術というのは、モジュール型アーキテクチャの発想では使いこなせないと思うんですっています。システムを考えるときは、システムがどんな風に構成されているかを相対的に考えなければいけません。ですが、AI技術はデータの学習のさせ方によって精度が大きく変わる。「とても活きのいい大型新人」みたいなもので、最大限のパフォーマンスを発揮してもらうとシステム構成そのものを変える必要があるかもしれない。どう位置づけさせるのかが難しい技術と向き合っているのだと思います。

つまり、例えばディープラーニングでも、「このシステムにディープラーニングを生かしたい」と考えるのではなく、「ディープラーニングを中心にしてシステムを考える」ことが必要なのです。

Q.新たな技術を「ツール」としてとらえてはいけないということですか?

森:はい。これはジェネレーションの問題なのかもしれません。私が見ている限り、私を含めた40代以上の人はディープラーニングをツールとしてとらえようとする傾向があるように感じています。対して30代以下の人は、ディープラーニングもクラウドも、それそのものを全体のデザインに影響を与える「コアな技術」として考えシステムを作っている。若い研究者の中には、「すべてのコンピューターサイエンスの教科書はマシンラーニングを中心に書き直すべきだ」と考えている人も多くいます。

新たな技術を「ツール」や「一つのファンクション」としてとらえると、既存の枠組みの中に押し込んでしまうため、うまくパフォーマンスを引き出すことができず、エンジニアリングの価値を発揮しきれなくなってしまう。そうした意味では、旧来の教育を受けてきた世代にも新たな学びが必要となっているのだと思います。今後は、技術研究所の活動によって得られる知見を教育分野にも生かしていきたいと考えています。

取材・記事作成:多田 慎介


この記事を書いた人
flexy編集部
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