フリマアプリ市場の最先端、「ラクマ」の開発組織が重視するマインドとカルチャーを探る―楽天/上杉隆史さん

6,000億円超とも言われるフリマアプリ市場。2012年当時、市場に初めてのフリマアプリとしてリリースされたのは、株式会社Fablicがリリースした「フリル」でした。同アプリはその後、楽天がFablic社を吸収合併するに伴い、楽天のサービス「ラクマ」と統合。新「ラクマ」として市場を牽引しています。

今回インタビューに応じていただいたのは、「フリル」のエンジニアメンバーで、現在はC2Cサービス開発課のVice Senior Managerを務める上杉さん。

楽天は日本に限ると約2,500名程のエンジニアがいます。今回は、組織形態やマインド、カルチャー、そして今後「ラクマ」が目指す世界についてお伺いしました。

新しいCtoCの形を求め、日本で初めて生まれたフリマアプリ

「ラクマ」が誕生した背景についてお教えいただけますか?

2012年以前、CtoC市場にはヤフオクをはじめとしたオークション形式のサービスが存在していました。しかしオークションは専門性が高い部分もあり、一般ユーザーが利用するには難しい形式です。そのため、インターネット知識をあまり持たない若年層は当時、mixiのコミュニティを利用してユーザー間で取引をしていました。そこに着想を得てFablic社が開発したのが、「ラクマ」の前身である「フリル」です。 「フリル」が日本初のフリマアプリとしてリリースされたのは、2012年の7月でした。

Fablic社が楽天に買収され、もともとあった「ラクマ」と「フリル」が統合したことにより、現在の「ラクマ」が誕生しました。

開発組織はFablic社の気風を受け継いでおりスタートアップのような雰囲気があります。「ラクマ」は2017年12月の年換算流通総額が1,400億円。アプリのダウンロード数は2,000万と非常に大規模な事業になっています。ですから、スタートアップのスピード感で次世代の社会基盤を作っていくという意識を強く持っています。

現在、「ラクマ」はどのようなユーザー層に利用されていますか?

もともとは20~30代の女性が中心でした。現在は変化してきていて、シニアユーザーがかなり増えています。2016年から2018年までの3年間で、60代以上の新規登録者がなんと約30倍に増えました。70代に限定すると約50倍、80代も45倍です。当初のターゲット層以外にも利用されるマス的な存在になってきていますね。

「ラクマ」で取り扱っている商品のトピックスやトレンドについて教えてください。

最近のトピックスとしては、ウェディング、出産・マタニティ、キッズ関連など、人生で使うシーンが限られているアイテムの取引が増加しています。

また、2万人以上のハンドメイド主婦作家にご活躍いただいていて、中には取引回数2,000回、フォロワーが13,000人以上で自身の書籍を出版した方もいらっしゃいます。 野菜や果物、お米といった農産物の取引も人気です。 「ラクマ」で取引されているアイテムのブランドランキング調査は、以下のとおりです。 ラクマ

オーナーシップが開発組織の心理的安全を作る

「フリル」時代から現在まで、開発組織はどのように変化しましたか?

私がFablic社に入社したのは、「フリル」がリリースされた翌年でした。組織は社長とエンジニア、デザイナーという3名のファウンダーで構成されていて、私は一人目のエンジニア社員だったんです。当時はマンションの一室で開発を行うような環境でしたが、現在は開発部署だけでも中規模企業クラスの人員数になっています。

現在、「ラクマ」を開発・運営している組織は、管轄部署内にプロデューサー、デザイナー、エンジニア組織がすべて包括されています。サービス開発のために必要なメンバーがすべて揃っている状態なので、人員調整などのオーバーヘッドを小さく留めています。事業開発のメンバーやCSとは部署こそ異なりますが、席が隣り合っているのでいつでも相談できる環境です。

仕事の進め方はクロスファンクショナルチームのやり方をベースにしていて、さまざまなプロフェッショナリズムを持ったメンバーが集まって1つのプロジェクトを進めるスタイルにしています。ですから、職種によってコミュニケーションが閉じてしまうことはまずありません。開発スタイルは基本的にスクラムを導入していて、ほとんどのチームが一週間のスプリントで回しています。他部署のメンバーにスクラムコーチをお願いしたり、プロジェクトマネジメントのサポートをしてもらうことで、迅速に開発できる体制づくりを行なっています。

一方で、オフィシャルな組織としてはエンジニアやデザイナーといった職能ごとに縦割りで区分されています。各職能のマネージャーが週に1回程度の頻度で1on1を行い、キャリア形成の相談や技術の向上などプロフェッショナルな領域の相談ができるようにしています。

上杉隆史 楽天株式会社 C2Cサービス開発課/Vice Senior Manager 上杉隆史さん 大学時代は音楽に傾倒し2年留年。就職氷河期の中、中小印刷会社に入社。ネットワークや情報システムを手がけた後、プログラマーとしてサイバーエージェントに転職。同社の子会社であった株式会社ECナビ(現・株式会社CARTA HOLDINGS)に移籍し、スマートフォン黎明期にスマホアプリ専門の子会社を創設。いくつかのアプリ開発を経てDeNAへ転職。海外向けのソーシャルゲーム制作を行う。「フリル」(現「ラクマ」)を開発していた株式会社Fablicに参画。楽天による吸収合併により現在に至る。

プロダクトの機能追加や改善はどのような流れで進めていますか?

小さな機能追加や改善は随時行なっています。大規模な機能追加になる場合は、開発にかかる期間とユーザーへのインパクトを鑑みて優先順位をつけて進めています。優先順位は、プロデューサーが事業メンバーとともに、全体の開発マイルストーンをまとめながら決めています。常に何らかの新規機能追加案件が進行している状態です。

「ラクマ」の開発組織をリードする上で大切にしているマインドはありますか?

マインドはいろいろと手間をかけてメンバーと決めました。Fablic社が楽天に吸収合併される中で、20代のメンバーを中心に「ラクマ」のカルチャーを改めて明文化していこうという動きがあったからです。もちろん楽天は企業の成功のコンセプトなどをしっかりと掲げています。その上で、コンセプトの明確化を意識し「ラクマ」としてのコアバリュー、価値基準を以下の3つに定義することにしました。

  • User First
  • Ownership
  • Fail Smart

まず、Ownershipについて。これはプロダクトに対しての責任だけでなく、自分の職場への影響と責任も示した言葉です。一人ひとりがOwnershipを持って、心理的安全を実現できる職場を作ること。その結果として質の高い仕事ができるようにするという想いが込められています。

では、どうやってOwnershipを持てばいいのか。これには、「ラクマ」が「フリル」時代から重視している、コミュニケーションを大切にする文化が関係しています。

私たちが目指すコミュニケーションのあり方は、GoogleにおけるHRT、すなわち謙虚(Humility)、尊敬(Respect)、信頼(Trust)です(以下、HRT)。一人ひとりがHRTを意識することで、心理的安全を実現するのが私たちのテーマなのです。これは特にマネージャー陣に強く求めている部分でもあります。 例えば、「ラクマ」ではピアレビューを行いますが、心理的安全や個々人のHRTの態度が無いと、レビューは攻撃と反撃の繰り返しになりかねません。品質を高めるという本来の目的にフォーカスできなくなってしまうのです。

また、何か新しいことにチャレンジする時は、失敗がつきものです。大きなバグを作り込んでしまう事態も起こります。この時に必要なのは犯人探しではなく、次はバグを作り込まないために何ができるのか、ポストモーテムを行うことです。しかし、ポストモーテムも一歩間違うと犯人探しになってしまう。ここでもやはりHRTや心理的安全を重視することが役立つのです。失敗を確実に学びに変え、失敗を通してより強い組織に成長していくことを目指す。Fail Smart、賢く失敗するとはOwnershipと地続きの意味で掲げています。 このようにOwnershipとFail Smartを意識することで、やっとUser Firstにフォーカスできる構造になっているわけです。

フリマアプリ開発の観点で重視している点はどこでしょうか。

現在テーマとして掲げているのは、ユーザーの「安心」です。フリマアプリ市場はユーザー同士のやり取りで成り立っています。顔の見えない相手と取引をするという状況下において、ユーザーに安心してご利用いただけることは非常に重要です。たとえ優れたUIでも、そもそも安心に使えなければ意味がありませんから。

CSのための開発チームがありますし、先程ご説明したようにCSのメンバーとは席が隣接しているので、密にコミュニケーションを取りながら開発を進めています。

ラクマ 上杉さん 楽天株式会社 C2Cサービス開発課/Vice Senior Manager 上杉隆史さん : 楽天本社にて撮影

「普通のこと」を高いレベルでこなすエンジニアカルチャー

「ラクマ」の開発チームのエンジニアカルチャーはどのようなものですか?

「ラクマ」自体は、特別優れた技術を使っているアプリケーションではありません。これまでの時流にあったWebやアプリ開発の技術があれば開発できるものになっています。ですから私自身のスタイルとしては、「普通のことを普通にやる」がテーマになっていますね。その「普通」のレベルを上げていきながら、一見地味に思えるようなことを粛々とこなせるかどうかで、組織の強さは変わってくるのではないでしょうか。

例えば、所属部署ではオンボーディングはカリキュラム化されており、Ruby on Railsと「ラクマ」のサービスについて、メンターが1ヶ月ほどかけて新規メンバーを教育します。新規メンバーにはこのカリキュラムを通じてサービス開発に必要な力を身に着けてもらうと同時に、カリキュラム自体をより良いものに改善するよう取り組んでもらっています。

その他に、エンジニアメンバーの技術力向上のために設けている制度やカルチャーはありますか?

技術書がリスト化されていて、順番に読破していくことでスムーズに技術向上が図れるようになっています。メンバーが独自に開いている勉強会も盛んで、業務時間中に輪読会が行われることもありますよ。毎週金曜日の就業後は有志によるLT会が開かれていて、楽しみながら技術力を高めていく風土ができあがっています。

「ラクマ」の開発チームが所属している部門では、業務時間の10%をイノベーション活動や自身の学習に使うことができます。その時間を使って、実験的な新技術の研究や、英語の勉強会なども行われていますので、業務時間内で学習に充てられる時間の割合は多い方だと思います。

積極的に問題意識を持つ人が認められ、成長していく風土

「ラクマ」が現在求めているのはどのような人材ですか?

「ラクマ」が掲げている3つのコアバリューや文化、開発スタイルに共感してくれる人ですね。また、ルールを守るだけではなく、ルールを変えていけることも重要です。開発組織の人数が増えてきたので、現在ガイドラインを順次作成していこうとしていますが、今作成したものはどうしても将来的に古くなっていきます。それに対して「もっとこうした方がいい」と提案できる人を求めています。実際、私も他のメンバーもどんどん部署を変えていこうと考えています。心理的安全を強調しているのも、何か意見を言ってくれる人を大事にしたいという意識があるからです。

組織に対して問題意識を明示してくれた場合は真剣に受け取りますし、逆に問題に対してどうすべきかを問い返し、解決策の草案を出してもらったりもしています。問題意識を感じたということは、その人が一番ポイントを掴んでいるはずですから。もちろんすべて丸投げするのではなく、サポートも行います。いわゆる「言い出しっぺ」が評価されやすく、リーダーとして認められていく組織風土だと言えますね。

上杉隆史

「ラクマ」によってモノとお金がシームレスに移動する世界を目指して

昨年から、「ラクマ」で売上金を電子マネーの「楽天キャッシュ」にチャージできる新機能の提供が開始されていますが、キャッシュレス化の意図をお聞かせください。

売上金を銀行振込しなくてもいいのは、ユーザーの利便性において非常にメリットがあります。楽天はすでに大きなマーケットプレイスを持っていますから、日用品を含めてほとんどのモノを楽天経済圏の中で購入可能です。 例えば洋服好きの方であれば、「ラクマ」の売上金を「楽天キャッシュ」にチャージして、「楽天市場」で好きな服を購入し、飽きたらまた「ラクマ」で出品し、売上金をチャージし、「楽天市場」で購入し…という流れをシームレスに行えます。これは既存の経済活動の中では不可能だったことですから、大きな価値があるはずです。

では、今後「ラクマ」が目指す世界はどのようなものなのでしょうか。

「ラクマ」が掲げているミッションは、「モノの価値を再定義する」です。私たちはこれをシェアリングエコノミーのコンテキストで考えており、将来的には人々の信頼に基づいたコミュニティの中で、モノとお金がしなやかに移動していく世界を目指しています。

そのために、ユーザーに安心してご利用いただくための機能の実装や、出品や検索機能の向上もどんどん進めていくつもりです。道のりは長いかもしれませんが、先程の「楽天キャッシュ」の例にあるとおり、楽天グループが持つ技術やアセットを利用していくことで、私たちの目標は十分実現可能であると考えています。

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