不動産業界を変革するために。Technologyと現場のあるべき形とは?――GA technologies 橋本 武彦さん
中古不動産の総合的なプラットホーム「Renosy」や不動産オーナー向けアプリ「Renosy Insight」、不動産業務支援ツールTechシリーズなど、AIを活用した不動産事業を手がける株式会社GA technologies。今回は、AI戦略室のゼネラルマネージャーである橋本さんにインタビュー。データサイエンティストである同氏に、これまでTechnologyの導入が進んでいなかった不動産領域においてAI戦略室が果たすべき役割や、AI・データ活用について伺いました。
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不動産会社でありながら、多くのTechnology人材が集う場所
和田:今日はよろしくお願いします。そもそも不動産業界でデータサイエンティストという職種の方がいらっしゃるのは非常に珍しいと思いますので、その点も踏まえてお話を伺いたいと思います。
橋本:よろしくお願いします。
和田:実は私は前職で今年の2月頃まで不動産業界に居たのですが、この業界は非常に旧体質的な業界であると感じています。実際、所属していた会社もITシステムなどは導入されておらず、チームの生産性と効率が非常に悪い状態でした。ようやく業務アプリ構築などができるクラウドサービスを取り入れる段階になっても、システム運用のためのデータ入力は手入力ですから、現場がさらに疲弊してしまったという状況を体験しています。
そんな不動産領域でのITやAI・データ活用については、GA technologies様が昨年AI戦略室を立ち上げてから徐々に広がり始めたという印象があります。AI戦略室は現在どんな体制で運用されているのでしょうか?
橋本:AI戦略室は少数精鋭のチーム編成です。その中は大きく2チームに分かれていて、僕が所属するData Analysis Teamと、R&D Teamがあります。基本、社内のエンジニアTeamと連携しながら業務を進めています。ちなみに、弊社の社員数は約200名ですが、その約40%をエンジニアが占めていて、今後も採用を増やす予定です。
和田:不動産事業の会社として、これほどエンジニアの比率が高い会社は他に無いですよね。
橋本:社名も「テクノロジーズ」と名乗るくらいですから、エンジニアの拡充には力を入れています。とはいえ、ただエンジニアが多いというだけではありません。AI戦略室とエンジニアのようなデジタル側と、不動産ビジネスの現場のリアル側の双方で、リアルとデジタルの融合を志向しているところが弊社の一番の特徴です。
リアルの現場のことを理解しないとデジタルに落とし込めないですし、逆にデジタルだけが突出していてもリアルの現場が追いつきません。リアルとデジタルを如何に融合させていくかに一番気を使っています。その一環としてAI戦略室のメンバーも現場とのコミュニケーションを、定例会議からシャッフルランチまで様々な形で創出し、現場の理解を深めています。また、現場の方がわかりやすいようにデータの見せ方を相談しながら工夫するなどコミュニケーションを円滑にする努力をしています。
和田:そういったAI戦略室の立ち上げやエンジニアの採用、そして現場との連携の背景には、不動産の現場に革命を起こしていくという意識が強くあるのでしょうか?
橋本:革命と言うとかっこ良すぎるかもしれませんが、我々AI戦略室はもちろんのこと、経営トップの樋口から他のメンバーみな、不動産の業界イメージや業界自体をもっと良いものに変えていきたいという想いを強く持っています。
不動産業界で問題視されている情報の非対称性の解消と、業界の生産性向上などの理想を実現するためのカギはTechnologyだと考えています。
人と機械(AI)の棲み分けが大切
和田:では、橋本さんの所属するAI戦略室ではどのような業務を行っているのでしょうか?
橋本:一つは会社の中にある様々な課題の中から、Data Analysisによって解決できるものを発見して、そのテーマに必要なデータを収集・整備・分析し、結果を意思決定に反映させることで、ビジネスに活かす役割です。
例えば、大量のマイソク(不動産の広告チラシ)に対して仕入れの人が行うデータ入力や物件選びという情報処理が追いつかない、という課題がありました。それに対して、まずはマイソクを自動的に読み込んでデータ化していこう、という解決案を出します。それだけでも業務効率化なのですが、仮に読み込んだデータ件数が1万件あるのなら、本当に仕入れの人に必要な情報を100件に絞って提供することで業務を円滑にする、というのが次の仕事です。さらに読み込んだデータは「使える情報」として社内に蓄積していきます。 実は、送られてくるマイソクの中には同じ物件や間違った情報を含む物件が含まれています。そこで、蓄えられた社内データと照合することにより同一物件や誤りの判別をして、データ精度も上げられました。
和田:なるほど。ただ、マイソクを自動的に読み込むと言っても、使用しているフォーマットが業者によってまったくバラバラで、掲載されている情報も異なりますから、そもそも非常に難しい作業ですよね。
橋本:AIの機械学習で100%の精度を出すのは不可能に近いですね。大切なのは、全てを自動化することではなく、AIをうまくビジネスに組み込んで、生産性を上げるという目標にフォーカスすることです。
例えば、OCRで自動的に読み込む場合でも、価格などが手書きで書いてある場合、やはり精度が落ちてしまいます。そこで、できる限りいろいろなフォーマットのパターンを機械に覚えさせて、ある程度の精度は保てるようにしておく。そして、一定量の正しく読み込めなかった部分に関しては、人の目でチェックする。現在、マイソクの読み込みに関しては8割を機械で処理して、残り2割は人が確認しています。
和田:人と機械の棲み分けが大切ということですね。
橋本:データ自体が本当に正しいのかどうか、最後は人の目で確認する必要がありますが、今まで全部人がやっていた作業を機械に流して、その一部を人がチェックするだけならかなりラクになりますし、そういうサービス体系やフローをつくることが一番のポイントになります。
「データが少ない」という特性が不動産業界のネック
和田:橋本さんは現在不動産業界におけるデータサイエンティストという立ち位置でいらっしゃいますが、そもそも不動産のデータを取り扱うにあたって苦労される部分はありますか?
橋本:データサイエンティストにとって、データは仕事をするためのガソリンのようなものです。ところが、この業界はデータそのものが圧倒的に少ないという点が一番難しいですね。商品的な特性で言うと、不動産は一物一価の世界。同一物件は存在しない上に、一生のうちに何度も購入するものではありません。
例えばAmazonなら、大量のデータからパターン抽出する技術が進んでいるので、「これを買った人は他にもこんなものを買っています」というレコメンドはそれなりの精度で実現しています。ところが、不動産は極少量のデータしか無い中で意思決定をしなければならない、という状態です。
さらに業界的な特性として、データが残りにくいのも難点です。連絡手段としてよく使われるメールに対しては、業務システムを導入するとトラッキングは比較的簡単にできます。ところがエージェント(セールス担当)が何回内見に行ったのか、というリアルが絡む話になると、途端にデータは残りにくくなるんです。情報源も紙が主体ですし、電話やFAXも使う。アナログな業務が介在する部分が多いので、この業界でデータサイエンティストとしてデータ分析をやっていこうとすると、スタートラインでまず躓きます。
ハイエンド技術よりも、簡易的な機能を持つツールの普及が重要
和田:そんな不動産業界にとって、AIに限らず必要とされるIT技術はどういったものが考えられるのでしょうか?
橋本:誤解を恐れず言えば初期はハイエンドなシステムは必要無いと思います。例をあげるとIT化が進んでいない不動産事業の状況の中でびっくりしたのが、街の小さな不動産屋さんがGoogleマップだけすごく使いこなしていることなんです。
和田:確かに使いますね。私も前職で土地の売買を行うときは、地方の場合Googleマップの航空写真で地形を見ていました。その画像と公図を照らし合わせて確認するんです。
橋本:そう考えると、やはり街の不動産屋さんにとっては、本格的なシステムよりも、もっとライトな、安価で簡単な機能を利用できるツールを用意してあげる必要性の方が高いと思います。例えば、今、弊社が扱っている物件ステータスを管理する機能や、お客様の来訪回数を管理する機能を切り出して簡易なツールとしてご提供できればすごく役立つのではないでしょうか。いつ問い合わせがあって、どこに何件行ったなどの基本項目はどの業者さんも変わらないはずなので、これまではエクセルなどで管理していた部分を共通の簡易なツールで使えるようになるといいと思います。
和田:そういった顧客管理システムや、営業支援ツールが一番導入してもらいやすいのかもしれませんね。御社でも企業向けのシステム・ツール提供は視野に入れているのでしょうか?
橋本:はい。現在社内で行っている開発は、toBの提供に向けたテストの側面もあります。社内向けにツールの運用を試行錯誤して、ニーズの高かったものに関しては不動産業者様にどんどん提供していくつもりです。
和田:toCに関してはいかがですか?
橋本:こちらも視野に入れています。toBの場合は生産性向上や現場の業務改善がテーマになりますが、toCはお客様の意思決定を手助けすることが目的になります。そのためには情報の非対称性の解消が不可欠です。不動産の相場観を持っているお客さんは少ないですし、相場と現場価格のギャップがわかれば、意思決定の参考になりますよね。一生に1度か2度の買い物に対して、不動産の知識がなくても納得のいく選択をしやすい状況を提示していくことが大事だと思います。
AIの普及によって、仲介という仕事のあり方が変化する
和田:現在、不動産業界は不透明な部分が多々ある業界です。紹介を受ける1つの物件に対して所有者の間に何人もブローカーが介在しているケースもあります。すると、情報が上手く伝達されず、揉めるという状況が業界の中では頻繁にあります。
橋本:多重構造になっているのですね。
和田:そうなると、いかに不要な仲介をなくすのかという点が、公正な取り引きのために最も重要になります。IT技術が浸透してくると、不動産の所有者とエンドユーザーが直接マッチングするような時代になってくるとも言われています。
すると、仲介会社という立ち位置自体がそもそも変わってきますよね。「仕事がなくなってしまうんじゃないか」という方もいれば、「仲介として新しい仕事が生まれるんじゃないか」という考え方もありますが、橋本さんはどう、お考えでしょうか?
橋本:仲介という仕事はなくならず、仕事の種類や仕方が変わる方に進む気がしますね。例えばITの導入によって、部屋の情報はさらにデータ化しやすくなりますし、今後はこれまでは数値化されていなかった部屋温度や、人の目で見たときの好感度などもデータに反映できるようになると思います。ただ、それは事象の極一部の要約した情報ですから、「実際に見たら写真とギャップがあった」「匂いがわからなかった」といった欠測が必ず出てきます。実際に人が介在して内見をしたり、物件交渉成立に至る「背中を押す最後の一言」が必要な場面では、機械は人間には敵いません。
だからこそ、今後は人にしかできない部分によりフォーカスして、まずは機械でフィルタリングして絞り込んで、人がベストだと思った3つの物件だけ内見に行く、という感じで分業できるといいですよね。機械と人の得手不得手で役割を決めれば、より生産性が上がって、例えば一人のエージェントがこれまで3物件しか売れていなかったのが、5物件に増やすことができるかもしれません。そのためにAIが生きるといいなと思うんです。
10年先の未来、問われるのは「どう仲介するのか」という視点
和田:では今後10年、不動産業界でITは具体的にどのように活用されていくと思いますか?
橋本:正直に言うと、わかりません。Googleの創業者の一人であるセルゲイ・ブリンも、「僕らは今AI技術の中心にいるが、3年後何が起こっているかは分からない」と言っています。そういう世界です。その上であえて何か予測するとすれば、個人的にはセンサー系の技術が面白くなっていくと思いますね。
現在は立地や部屋の面積、築年数などのスペックで価格が決まりますが、センサーが普及することで、もっと細かい要素の測定が可能になります。例えば日照に関して、単に南向きかどうかという評価ではなく、センサーによってこの方角から何時間日が当たっていて、部屋の温度がどれくらい上下するのかというデータが徐々に取れるようになってきています。これまでは単純に南向きだから賃料プラス1000円にしていたのが、この部屋の南向きとこの部屋の南向きは日当たりが異なるから賃料を変えよう、という評価ができるようになります。
もちろん一般的に普及するのはまだ先の話ですが、窓や照明、ドアロックなど部屋のいろいろなところにセンサーがつけば、そのデータを使って部屋の値付けはもちろん、その部屋で暮らす人々の暮らしをどう良くしていくのか、という視点を考えられるようになりますよね。
和田:これまで感覚的に感じていたものがデータ化されていくということですね。いつか内見が不要になるときが来るのでしょうか?
橋本:来るかもしれません。データ化されるものはどんどん増えていくはずですから。ただ、さきほども言ったように、だからと言って仲介という仕事がなくなるというわけではありません。現場に行かなければわからなかったことが自宅に居てもわかるようになったとき、「じゃあ、どう仲介するのか?」という方向にシフトして行くと思います。
和田:それこそ、物件を通してその人の生活を提案できるぐらいの質の高い営業が求められるのかもしれませんね。
ITを使ってビジネスフローを変えようという強い姿勢に感動
和田:では最後に、GA technologiesに入社して感動したエピソードはありますか?
橋本:そもそも僕が入社しようとしたきっかけでもありますが、GA technologiesは、Technologyを使って、本気で仕事を変えていこうとしているんです。
経営トップの樋口はもともとセールスの出身、Technologyのことは何もわからず、エンジニアを何回も雇っては失敗を繰り返したと講演でも言っています。そこで、Technologyを扱う人たちに少しでも近づこうと、休日を使ってプログラムの学校に通ったり、スーツをやめて私服にしてみたり、とにかく共通点を作って会話しようとしたそうです。
もちろんトップや経営サイドだけでなく、現場も本気でTechnologyによって不動産業界におけるビジネスを変えようとしています。一緒にコミットしようとしてくれている姿勢はデータサイエンティストとして本当にうれしいポイントですし、だからこそデータが少ない中でも、収集から苦労してやっていこうと思えますね。
和田:この業界をデータ化しようというのは、誰もが一度はやってみようと思って挫折しているからこそ、現在の旧態然とした業界の状態があると思います。それが、今ようやくデータ化できるかもしれないフェーズが見えてきたんですね。
橋本:現場で一つ一つ情報を手入力させようとしても、ただでさえ忙しい現場の負担になるだけで、いつまで経っても浸透しません。「データを取る」という業務を別のタスクとして付与するのではなく、いかに自社のビジネスの流れの中に自然に組み込めるかが勝負ですし、それができるのが我々のような事業会社の強みだと思っています。
和田: Technologyを不動産業界にどう活用したらいいのか、どうすれば汎用化できるのかが見えてきた気がします。本日はありがとうございました。