【CTOインタビュー】モビリティの未来はどうなる?MaaS業界の現在のフェーズと未来に向けた動き――スマートドライブ・岸田崇志さん
車やバイクなどの移動体からモビリティデータを収集、組み合わせてプロダクトに落とし込み、新しい価値を生み出す事業に取り組んでいるスマートドライブ株式会社。
2020年より同社のCTOに就任したのが、以前flexyのCTOmeetupにも登壇いただいた岸田さんです。
グリーでの成功を経ていくつもの企業でCTOを務めてきた岸田さんが、モビリティの世界に注目した理由は何だったのでしょうか。
MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)業界の動向や、スマートドライブで目指すビジョンなどについてお伺いしました。
目次
移動の変化を加速するモビリティ領域への挑戦
株式会社スマートドライブ CTO 岸田 崇志さん
2006年3月博士(情報工学)取得。2009年5月グリー株式会社に入社。エンジニア兼事業責任者を経てJapanStudio統括部長、開発本部副本部長を歴任。2013年10月同社執行役員に就任し、内製ゲーム事業を統括。2015年11月株式会社LITALICOに入社、執行役員CTOに就任。エンジニア組織の立ち上げ及びグローバルアプリ事業の立ち上げに従事。その他、社外CTOを始め数社の技術アドバイザーを務める。2019年1月ウェルスナビ株式会社執行役員CPOに就任。プロダクト開発を統括。現在SmartDriveにてCTOに就任。
――岸田さんはスマートドライブ社に2020年3月にCTOとして入社されたとのことですが、どんなところを魅力に感じて入社を決めたのでしょうか?
株式会社スマートドライブ CTO 岸田 崇志さん(以下、敬称略):僕は実は大学時代に、いろいろなモビリティデータやセンサーネットワークについて研究していたんです。グリーに入社する前はSIerでセンサーを活用したソリューション販売もしていたのですが、当時はセンサーやノードもまだ高く、全くビジネスになりませんでした。
ですから今回は、10年前に培った技術とビジネスの失敗をリベンジする意味でモビリティ分野に挑戦しようと思ったんです。この先の10年でどんな変化を遂げるのかわからない領域を経験できるのも面白いですしね。
また、アプリ開発やサービス開発はゲームから教育、金融などとこの10年で散々やってきたので、今後ますます隆盛するであろうIoTやハードウェア+サービス開発という領域において、プロダクトマネジメント能力を身に着けたいという気持ちもありました。
――以前、flexy主催のCTOmeetupに登壇いただいたのが約1年半前でした。その間にも数社の開発・マネジメントに関わっておられますが、何か意図があってのことなのでしょうか?
岸田:グリーという企業において、僕は会社規模が100人から2000人に拡大するまでのフェーズを体験しました。想像できない成長角度で成長する組織でもあったので、当時は経験も浅くうまく行かなかったこともあるのですが、とても大きな学びとなりました。今は、そういったノウハウを他業界も含めて底上げができないかなと思っていて、グリーで培ったノウハウをいろいろなスタートアップ企業に還元していきたいと考えているんです。
ただ、マネジメントに「こうすれば絶対に大丈夫」という法則はありません。経験則だけではなくいろいろな書籍も読んであらゆる方法論で実践するのですが、やはり企業ごとのエンジニアのレベル感やフェーズによって、やり方はどんどん変えなければなりません。ある程度その企業におけるマネジメントスタイルが整ったり後進にインストールできたら、次の企業へ移っているという部分もありますね。
――現在、CTOを勤められているスマートドライブ社のプロダクトについて、教えていただけますか?
岸田:当社は移動体から収集したモビリティデータを取集して、データを使いやすい形に加工・解析し、法人向けや個人向けに様々なモビリティーサービスを展開しています。
開発においてはデータ活用イテレーションのための「集める」「組み合わせる」「活用する」の3つのフェーズがあります。「集める」に関しては、いくつかのセンサーやデバイスをモビリティに接続することでGPSや加速度などのデータをモビリティDWHに集積しており、「組み合わせ」によって今まで見えていなかったところを見える化し、適材適所に合わせ「活用する」というところに強みがあります。
集めたデータを組み合わせて活用したプロダクトが、例えばクラウド車両管理システム「SmartDrive Fleet」です。ほかにも遠隔地からでも家族の運転を見守れる「SmartDrive Families」は、昨今の社会課題の解決を目的として開発しました。安全運転を推進する「SmartDrive Cars」はドライバー支援サービスとして提供していて、安全運転をすると企業からポイントが付与され、ポイントはコーヒーやギフト券と交換できる仕組みになっています。
フルスタックなデータサイエンティストが強みを発揮する現場
――エンジニア組織の働き方やメンバーの特色、強みはどのような部分ですか?
岸田:会社全体が80名で、エンジニアは30名ほど在籍しています。コロナの以前からリモートワークを採用していて、メンバーが各々働きやすい形で自由に開発を進めている雰囲気です。エンジニアのタイプとしては、自ら課題を拾って解決する、自律型が多い印象ですね。
職種はインフラ、バックエンド、フロントエンドやアプリ、さらにデータサイエンティストまで幅広く存在しています。安全運転診断などが代表ですが、機械学習などによりで移動にまつわる大量のセンサデータの分析を行っているので、移動の特徴量にフォーカスしたアルゴリズムの構築は自社の強みだと思います。
また、データを扱う企業の場合「データサイエンティストは専門職だからほかのコードは書けない」といったケースが一般的に多いのですが、当社の場合はバックエンドやアプリ開発まで手がけられる、いわゆるフルスタックエンジニア的なデータサイエンティストが多いのも特色です。BigQueryから取ってきたデータをPythonで分析して、自社のプラットフォームにスクラッチで実装までしてしまう人もいます。一言でいうと、「移動をサイエンスし社会実装するチーム」というところです。
――コロナでリモートワークについて社会的にも注目されました。もともとリモートワークを取り入れていた企業として、メリットデメリット、マネジメントのポイントはどのように捉えましたか?
岸田:通勤時間が無い分作業時間が増えますし、コーディングなどにおいてはリモートワークのほうが効率がいいと考えている方は1on1などをしていると多いと感じます。一方、リモートだと会社の方向性と開発サイドの間に大きなズレが生まれてしまうのではという懸念がありますね。特にスタートアップ企業はその点で二極化する傾向があり、具体化した作業と抽象的な会社の方向性とのベクトルを合わせることがとても重要だと思っています。故に、ビジョンがはっきりしている企業は在宅でも意図した成果が出ますし、そうでない企業はメンバーの考えややることがバラバラになってしまいます。
その点は過去の経験においては、オフィスで働いていても似たような部分があります。会社のステージ変化により、100人以下がワンフロアで働いているときは目線合わせがしやすいのですが、2000人が別のフロアで働いていると、会社としてのメッセージの出し方一つで全く捉えられ方が変わってしまうことがありました。
今後リモートワークが主流になるとすれば、100人以下のスタートアップでもマネジメントにおいては2000人規模の組織と同じレベルのメッセージ性が求められる時代になるのではないでしょうか。逆に言うと、リモートも会社の方向性含めきちんとマネジメントできると、数百人、数千人とスケールしやすいというメリットにもなりうると思っています。
インターネットのように進化が加速するMaaS業界のこれから
――MaaSについてお伺いしたいと思います。SFの世界を身近にするようなイメージを持っているのですが…。
岸田:SF(Scicence Fiction)のFictionをRealにするということはスタートアップ全般のミッションだと思っています。自分も高校生の時にビル・ゲイツが書いた将来の世の中を示唆するような本を読んで、このような世の中になるために貢献したいと思ったのが、この世界に入ったきっかけでもあります。昔は「歩きながら電話なんかできるわけがない」と言われていた時代がありましたが、すでに携帯電話は当然の存在になっていますよね。こうした変化を踏まえると、今から10年後の2030年は、モビリティもかなり変化しているはずなんです。
将来の変化に先立って、モビリティで実現できるサービスの事例を一つでも多く持っている会社は強いと思いますので、そういった事例をリードする存在になりたいですね。
――先日のMOBILITY TRANSFORMATION 2020のオンラインカンファレンスでも、MaaSサービスの進化と可能性についてお話しされていましたね。
岸田:株式会社プレイドのCTO牧野さんと一緒にお話しさせていただきましたね。要点としては、テクノロジーやインターネットは基本的に何度も同じ歴史を繰り返しながら成熟していくものだ、という考えをお伝えしました。(登壇時の記事はこちらから)
今から20年前はインターネットがビジネスに応用できるものかどうか社会一般的な視点としては懐疑的でしたし、僕自身もインターネット業界で働きたいと両親に伝えたら反対されました。しかし今は、インターネットを活用した産業が主流になっています。
MaaSも今は「よくわからないもの」であり、「GPSで位置情報がわかる」くらいのレベル感で認識されていると思いますが、位置情報をはじめとしたさまざまなデータが既存のインターネットの情報と掛け合わされば、ビジネスはさらに広がりを見せるはずです。そういう意味で言うと今のMaaSは、ネット上にECサイトがスタートした頃と同じようなフェーズなのだと思います。
現在の状況においてはMaaSが持つ可能性に対してブレイクスルーを起こすプレイヤーが増えていく必要があると考えていますし、当社はそのためのプラットフォームや、キラーアプリケーションとなるサービスを作ろうとしているわけです。
以下は、MaaSの進化の過程について、データ活用の進化をマトリクス化したものです。
右上からインターネットに置き換えて説明します。
例えば、WebサービスではGoogle アナリティクスなどの分析ツールがあり、データを取得することができますよね。これが分析・レポーティングです。次にデータを専門家がアセスメントして、どうすればより多くのトラフィックが生まれるかなど施策を考えます。これが右下です。さらに進化が進むと左下に移行して、専門家以外でも「こういう閾値ならこういう顧客にエンゲージメントできる」といった自動的に分析をしてデータ活用ができるようになります。ここが今のインターネットが位置しているフェーズで様々なサービスが生まれてきています。
対してMaaSは、データを集めて分析はしているものの、まだまだ専門的なアセスメントを深めていかなければならない右上の段階です。移動体のセンシングデータが集めやすくなった今、インターネットにおけるデータ活用の進化をベースとして、「インターネットで普及しているようなサービス改善プロセスをモビリティでも実現するにはどうすればいいのか」という問いからサービスを組み立てていくのが良いのではと考えています。
――モビリティデータの取得に関してコロナによる影響はありそうですか?
岸田:今後は必要とされる移動の在り方が変わってきそうです。
これまでは「移動はもっと増えていく」という前提でデータを取得していましたが、いかに効率的に移動するかが重要になったり、そもそも人ではなくモノが移動する時代になる部分も出てくると思います。
コロナにより通常取れていたデータも変わります。移動の定義が変革してしまうくらい移動も制限されました。そういった状況の中で、移動に関してのデータもまた変化しています。「移動の進化」という文脈は、コロナという制約条件が出てきたことで、”移動量が増えること”のみにとどまらず、”移動の効率化”という視点が強くなったんだと捉えています。そうなったときに、移動をサイエンスする我々のような取り組みがより重要になってくると考えています。
海外展開も見据え、世の中を前進させるような組織づくりを目指す
――最後に、スマートドライブのCTOとして描こうとしているビジョンについてお聞かせください。
岸田:一番は、「スマートドライブによって世の中が一歩前進した」と明確に伝えられるような会社にしたいです。今は車両管理など車に関するサービスを扱っていますが、日本のものづくりの技術に我々のデータサイエンスを掛け合わせ、一般的に日本が弱いとされるソフトウェアにブレイクスルーを起こすようなプロダクトを生み出したいと思っています。海外展開もしやすい分野なので、トヨタやホンダなどに代表される日本の強固なハードウェアに、プロダクトもセットになるような形で世界中に展開したいです。
もう一つスマートドライブでやりたいのが、エンジニアドリブンで組織を動かして事業を成功させることです。これはある意味ライフワーク的な目標ですね。海外では元エンジニアがCEOになって事業を作るケースが多いのですが、日本ではまだまだ少ない状態です。グリーやウェルスナビで働いていたときもそういった組織を作って事業を前進させるようなチームを作ってきました。テクノロジーと経営を紐付け、それを組織として担うというか、そういった役割がCTOとして重要なポイントだと思っています。MaaSはテクノロジーがなければ始まらない領域ですから、上手くビジネスと技術を融合させ社会に影響させることができるような役割を担えたらと思っています。